皆川博子の描く物語には、志方あきこの処女アルバム『廃墟と楽園』に収録された表題曲『廃墟と楽園』がよく似合いそうな気がする。
時は第1次世界大戦のさなか、ドイツ-ポーランド国境の近くにひっそりと建つ僧院の中では、人間と薔薇を融合させる禁断の実験が行われていたという──。
第1次世界大戦から第2次世界大戦終結までのドイツ-ポーランドを舞台とした、皆川博子が2004年に発表した小説『薔薇密室』について、千街晶之は文庫版の解説の中で
皆川博子という作家の美意識が、致死量の毒を連想させるほどに高い純度を保っている小説
と述べている。
ビザールなものが好きで、extraordinaryな話が読みたいなら、私はこの本をオススメする。なぜなら、ここには著者の持つ毒を注ぎ込んだかのような、グロテスクで退廃的で、物語というものの持つ歪んだ妄想が紡ぎ出す甘い腐臭に満ちているから。だが、本当にそんな物語を必要としているのだとしたら、あなたは決して幸せな人ではない。そう、
物語を必要とするのは、不幸な人間だ。──ヨハンネス・ホイスラー
皆川作品で『薔薇密室』と同じカテゴリに属する『死の泉』は、本そのものがトリックであるという驚天動地の仕掛けがなされていたが、『薔薇密室』は物語を語る、その記述自体が1つの仕掛けになっている。
物語が物語を自己言及する入れ子構造や、現実と幻想の境目がどこまでも曖昧になっていくところなどは、夢野久作の『ドグラ・マグラ』を思わせるが、『薔薇密室』は『ドグラ・マグラ』のように謎を残して終わらずに、最後には全ての伏線が回収されて現実の中へと帰って行く。
読む者にめまいを起こさせるような、このextraordinaryな物語が最後に「普通の物語」に収斂してしまう──そのことが私には読んでいて何とも残念だった…。そう、私もまた不幸な人間なのだ。
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