NHKの土曜ドラマで放送中の『逃げる女』が凄くいい。土曜ドラマでは過去にも『ハゲタカ』、『外事警察』、『64(ロクヨン)』など、名作、傑作と呼ばれる作品が数多く作られてきたが、『逃げる女』もまたそれらに負けない出色の出来だ。
舞台は九州の佐世保。物語は刑務所に服役中の西脇梨江子(水野美紀)のもとに裁判所から釈放命令が届き、釈放されるところから始まる。
西脇は児童養護施設の職員だったが、そこの児童の1人が廃ビルの中で死んでいるのが発見され、警察は殺人事件として捜査を始めた。捜査線上に浮かんだのが職員の西脇。その時、捜査に当たった捜査1課の佐久間学(遠藤憲一)は「西脇は同じ施設の職員、斉藤浩一(高橋克典)と不倫関係にあり、廃ビルで逢引していたのを児童に見られてしまい、口封じのために殺害した」というストーリーによる見込み捜査を行い、取り調べで西脇に激しく自白を迫った。
実は佐久間は当時、妻との離婚問題を抱えていて、西脇に妻に対する怒りや不信感をぶつけるように取り調べを行なっていたのだ。
その執拗な自白の強要に精魂尽き果てて一度は罪を認めた西脇だったが、児童が死んだとされる時間には同僚の川瀬あずみ(田畑知子)と会っていたという鉄壁のアリバイがあった。裁判で川瀬がそのことを証言してくれさえすれば、川瀬の容疑は晴れる──はずだった。だが、裁判で川瀬は「その時間、西脇梨江子さんとは会っていません」と虚偽の証言を行い、西脇は有罪が確定して児童殺害の罪で服役することとなった。
それから8年後、西脇との不倫関係を疑われた斉藤(事件後、妻と離婚し、施設も退職。今は学習塾をやっている)が事件当時に施設にいた児童を訪ね歩き、ついに自分たちが少年をいじめて廃ビルで転落死させたという証言を引き出し、西脇の冤罪が明らかになったのである。
出所した西脇は裁判で嘘の証言をして自分をハメた川瀬あずみの行方を追い始める。見当違いの見込み捜査で冤罪を作り出してしまった佐久間は深い罪の意識を感じ、出所した西脇に以前自分が使っていた携帯を渡すなど、西脇を何かと気にかけるが、西脇にはまだ警察が自分を疑っていて監視されているとしか思えず、そんな佐久間に激しく反発する。
そんな折、市内で連続射殺事件が起こり、警察が捜査に動く。その事件の犯人と覚しき女、谷口美緒(仲里依紗)は街でたまたま見かけた西脇に自分と同じ匂いを感じ、何も知らない西脇にちょっかいを出して、いつしか2人は行動を共にするようになる。そして連続射殺事件の重要参考人と一緒に行動している西脇にも、警察は疑いの目を向けるようなっていく…。
全6話中第4話までの話はざっとこんな具合。途中、西脇は幸せな新婚生活を送ってる川瀬と一度出会い、あの時のことを問いただすため彼女と待ち合わせするのだが、結局川瀬は現れず、その後、行方がわからなくなる。第5話の予告編からは、警察は「川瀬は西脇に殺された」という見方をしているらしい。
けれども、ここまで全体の2/3が終わった今になっても物語の全貌が見えてこない。これはサスペンスなので、最終的にどう転がっていくのかわからない、というのはわかるし当然のことだ。だが、これは一体どういう物語なのかがいまだにわからないのだ。
例えばタイトルの『逃げる女』とは誰のことなのか? 普通に考えれば、逃げているのは川瀬あずみで、追っているのが西脇梨江子ということになるのだろうが、川瀬を追っている西脇もまた警察に追われ始めている。では逃げているのは谷口美緒かというと、彼女は何人も人を殺していそうだが、「自分は空っぽだ」とうそぶき、(警察は彼女の行方を追っているが)彼女自身は警察から逃げているという気配がない…。また女ではないが、佐久間は冤罪を作り出してしまった自分の過去から逃げようとしながら、再び西脇を追う立場になっている。
主な登場人物たちが、それぞれ何かから逃げ、何かを追っている──『逃げる女』とはそんなドラマだ。だが、彼らが本当は何から逃げ、本当は何を追っているのか、それがまだ見えていない。何もかもが不確かで、自分が今いる地点さえわからなくなりそうな、そんな得体の知れないところが、このドラマにはある。しかもその感覚には、ある種の中毒性があるように感じる。
ところで、この『逃げる女』とは1ミリもつながりはないが、昔やはりNHK土曜ドラマで松田優作主演の『追う男』という作品があった。これは大阪に小さな事務所を構える私立探偵(松田)が、家族の元から突然蒸発してしまった男を探してほしいという依頼を受け、その男の行方を追う話なのだが、回が進むにつれて、その蒸発した男を追う探偵自身が、かつて家族の元から蒸発した過去を持っていたことがわかり、蒸発者が蒸発者を追う、という物語の二重構造が明らかになるのだ。
そういうわけで『逃げる女』と『追う男』、どちらもオススメ。
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