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適当に生きている適当な日常メモ(お返しイイネ&followご無用です🙏thanks!更新通知で読んでます)

結局余命などというものはあてにならない

2023-07-11 | 毒親
まだ存命である。
6月もてばいい方と言われていたが今も元気でいるようだ。

メロンソーダやグミやかっぱえびせんを買ってこいだのマックのポテトや吉野家の牛丼を配達させろとアレヤコレヤ指示。施設で牛丼配達の最初の事例になったと説明あり。呆れるよね┐⁠(⁠ ⁠˘⁠_⁠˘⁠)⁠┌

下痢下痢でオムツ交換されながらジャンクフードを食べ漁るところが、七つの大罪の暴食を感じさせて子供等は皆ひいている。
見た目にはなかなか業を感じさせておぞましく感じる。すごい怖い。違う生き物みたい。

先日共有された写真における若くして亡くなった祖父の体形が完全に毒親1と同じで、「あぁ、貴方様からやって来たのですね」という気持ちになった。

施設から
食事一切手を付けないがどうしたら良いかと相談があったらしい。SDGsも何もあったもんじゃない。
施設の人に迷惑をかけていることにいたたまれないが、費用は請求していただくことになっている。

ジャンクフードを手に入れるために職員に依頼してコンビニに行って買い漁っているようだ。まぁ、「最期のワガママ」が1年くらい続くと思えば好きにしたら良い。養育費を返しているようなものだ。

やれやれ、こうなると思った〜

ひと月未満で亡くなるわけないじゃん

食欲が強い生き物はだいたい長生きするのだ。

最近何かで読んだ記事で、余命3ヶ月〜1年位の場合、1年て言って4ヶ月で亡くなったらクレームになることはあるけど、3ヶ月と言って4ヶ月だったらクレームにならない、と。

余命は短く言うほどクレームにならないのだ。

「余命より長生きしてくれて良かった」と勝手に喜んで感謝してくれるのだから、短く言う方が安全である。

確かに!

仕事は遅めに言って早めに上げるのが普通だから、逆のパターンでクレームにたるお仕事もあるのね、と目からウロコ👀

普通はそんなに余命宣告なんてないと思うけど、毒親1は自分が心配症なこともあって、医師を交えてもう3回ぐらいは余命の話が出て過去に流れていった。

個人的に思うのは
あんまり
死ぬ死ぬ自分で言わない方がいいよ、ということ。

過去、毒親1の配偶者であった毒親2は
「だって死ぬ死ぬ言うけど死なないんだもん!」
って言って毒親1の元を去っていった。

聞いた時は
えエェーっ!?(´゚д゚`)
って思ったけど
すでに別れる前から何十年と死ぬ死ぬ言ってたということであって、さらに数十年経った今でも生きてるわけだからさもありなん。

子供2なんて「きっと殺されてもずっと生きてることでしょう」なんて本人に言っていたし。

そう思われても致し方ないくらいには死ぬ死ぬ言うてたんやろな。

○○してくれなければ死ぬ
という自分の命を引き換えに取引しようとする言葉を吐く人間ほど尊敬できないものはない

軽蔑すらする。
過去、毒親を含め2人会ったことがある。

まぁ死ぬ死ぬ言ってて今も生きてんだから、結果いいじゃない、と思うことにしておく。

神戸の母親監禁と6歳児死亡の件でも感じたことだけど、私の兄弟達は誰一人まだ離婚することもなく、子供を作らなかった者は複数あれど虐待することも(多分?知らないけど)なく、負の再生産をしないように留意して暮らしてきたと思う。

皆良くやってるよ、本当に。
兄弟達とは全く仲良くないし触れ合いたくはないけど、すごーく遠くから尊敬はしている👏

最近愚痴が多めだな。
ごめんあそばせ

夏こそあずきのチカラ

2023-07-10 | 
お気に入りの癒やしグッズ
「小林製薬」の温活グッズである『あずきのチカラ』

我が家に常時いるのは
あずきのチカラ 目もと用
あずきのチカラ 首肩用
である。

目もと用はパソコン仕事してると年中使うのでありがたい🙏
(後日談:その後顔用も買った)

そしてなにより
夏こそ有用なのが首肩用

冷房で末端が冷え、
夏はクーラーがついていないところはないので気づいたら首肩が凝っている。

冷房掛けないと寝れないけど
かけたらかけたで、冷え性で体調が悪くなる。

寝起きに首肩用を温めて
載せるととても気持ちが良い。

あとは、夏の冷え性にちょうどよいのが絹の靴下。靴下屋で上半分の靴下(伝わるかな🤔)を見つけたので履いている。

全部だと暑いけど指先が冷えるのよね、というときにちょうどよい。汗も吸ってくれるし。

そういうわけで
シルクのフットカバーとあずきのチカラを用いて夏の冷え性対策をしているというお話でした🎐

電話よりテキスト文化が好き

2023-07-09 | つれづれ
営業さんには本当に申し訳ないのだけれど
私の感覚では
電話営業はタイパがめちゃくちゃ悪い。

電話受け手のスケジュールやマインドによらず確実に時間を奪うものであるから。

しかもその電話営業が「DX」とか「chatGPT利用」による業務効率化みたいなやつなのよ。売ってるものとやってること矛盾しとんのよな😅

私のような天邪鬼な人間は、そこそこ感じよく電話応対後ソッと切った後「絶対にサービス買わね」と反購買行動に移る。

15年位前から思っていたがあまり大声で言える時代ではなかった。
ホリエモンが著書多動力で言及した関係で少しくらいはこうしてブログでも言いやすくなったかな。

テキストであれば、
そもそも読むか読まないか
読むならいつ読むか
読んで何かアクションを起こすか
を含め
全て受け手が判断できる。

全て記録に残るので
言った言わないの不毛な争いも避けられる。

サービスを買って欲しい側が
電話という手段を取ること自体が
スタートから
顧客満足あんまり考えてなさそうだなという悪感情に結びつく。

もっと年取ると別なのかもしれない。

今は、とにかく、そう感じている。



運と死

2023-07-08 | つれづれ
人より持ってるな〜と思うものはナニ?ともし聞かれたなら

金でも
容姿でも
頭脳でも
性格でも
身体能力でもない

運!

と答えると思う。

運が悪かった〜と思うことは今のところはない。

そういうわけで、周りの身近な人が死ぬ、ということに長らく出会ったことはなく、祖父も祖母もかなり大きくなってからなくなったし、その様子はほとんど覚えていない。

つまり
具体的な死、というものを知らずに中年になった。

具体的な死とは、自分の心や性格を大いに変化させるような死のこと。

だから、死に関する妄想だけが膨らんでゆく。

ものの本には嗅いだことないくらい臭いにおいがする、とか
ハエとうじが嵐みたいに押し寄せる、とか
体重の2倍くらい重く感じる、だとか。

夫が亡くなったら、
(腐敗してなければだけど)
たぶん
そのヒンヤリと冷たく重い粘土のような身体を抱きしめて、
ヒンヤリしているから死を実感するのかな、だとか。

あるいは
大震災が起きて、
柱に埋もれて逃げ切れないままに火事に巻き込まれるのかな
だとか。

妄想だけ膨らんでも仕方ないのだけど
いつか来るその確実な具体的な死を妄想してしまうのよね。

毒親の子供は毒子というよりアレルギー体質

2023-07-07 | 毒親
まともな話し合いや分担など不可能

我ら兄弟は
相互理解のフェーズは過ぎ、
ただお互いのアレルギーと攻撃的な文言の押収でひとしきりである。

感心するのは
皆自ら産まれたフシがあること。
私は割と自らを産まれなくて良かったのにと思うことがあるのだが、
彼らは産まれたことに後悔はなく産まれた先の環境が悪かったことに苛立ちを感じているようだ。

生きる力を感じる。

しかし
アレルギー症状を発症するので
普通の人間のコミュニケーションにはならず
どれが一番早くスムーズに進むかという
会社のような実利的な話にもならず
ひたすらに感情の打ち合いになる。

温かい言葉、みたいなのは
養われる遺伝子も環境でもなく
正しく機能不全家庭の成れの果てって感じ。

兄弟から何を言われようと
私がそのイケズを受け入れる気はないし
兄弟らの部下でも
兄弟らからお金をもらってるわけでもないので実利がとれれば良いや、と思うことにした。

心優しき人が報われる世でもない。

昔我が母である継母から受けたイケズを
子である我らに返すことによって弱る姿を見てスッとしたいのかな?とも思ったことがあるが
そういうものでもないようで
反射で
普通の人にしないような言動が出てしまう様子である。

コントロールができないみたいなので
もうどうしょうもないのだろう。

キレ散らかして
煙たがられていた
職場の御局様のようだ。

兄弟の実子がどう思ってるかは知らないが(社会的にも人間的にも素晴らしい人間になった、と本人は思ってそうだが)
実子が別の思いも抱いている可能性があるな、とうっすら感じた。
老人になったとき実子が大変そう。

まぁどの家族も
家族なりの葛藤があるだろう。

直近の別の兄弟はそのイケズで心身が参ってしまったが、あいにく私は性格も悪いのでそこまでは至っていない。
直近の兄弟いわくあなたは要領が良くてよいねとのことだが、面倒くさいものからは距離を置き実利を取ってるだけである。

それにしても
幼少期のトラウマは埋めるどころかドンドン大きくなり
「傷を乗り越えられないこんな自分が嫌だ」と泣いていた当該兄弟の若き柔らかい心は宇宙の彼方へ飛んでいってしまい
今は般若のような成れの果てになってしまった。

私も含め
皆子供の頃は
柔らかで何者にもなれるような心であったろうに、
生きれば生きるほど濁ってくるのは何でだろうね?

とはいえ
自分で選択した環境下で不満を言い続ける毒親を見ると
結局のところ
人生素敵だと思うものとふれあい
自分にとって良くないと思うものからは離れ
自身がハッピーでい続けることが
一番自分の幸せにつながると感じる。

選択できうるかぎり
自分を害するような悪い環境に
延々身を置き続けない方が良い。

何か色々良くないな、と思う時は
私の人生は私に決裁権があり
選べる限り選ぶことができる
と信じ続けることが大事だ。

「誰かにとって都合の良い存在」
に仕立てるための呪いの言葉には耳を貸さない。