沢藤南湘

残り少ない人生を小説とエトセトラ

居酒屋探偵団 3完

2024-01-18 22:40:47 | 小説
月曜日。
 小町通りは、昨日の喧騒が嘘のように静寂さを保っていた。
 菅原は、十時ちょっと過ぎにその一角にあるコーヒー店に入った。
 里見たちとの待ち合わせには、二十分ほど早かった。
「一体何の話なんだろう?」
 昨日の夜、里見からの電話で呼び出されたのだった。
 菅原は、コーヒーを頼んでからバッグから文庫本の松本清張著火の記憶を取り出して、しおりの所を開き読み始めた。
「菅原さん、おはようございます!遅くなってすみません」
 里見と羽太が立っていた。
「まだ約束の時間の前ですよ。どうぞ座ってください」
 店員に、羽太はコーヒーを二つ頼んだ。
「菅原さん、お願いのためわざわざお呼びした次第です」と里見は言って、昨日のCKNグループでの出来事と上司からの命令について話した。
「そんなことで、我々はCKNグループに関しての捜査はできなくなりました。残念です」
「そうですか。天の声では仕方がありませんね」
 菅原は一息ついてから、さらに続けた。
「里見さんの言うように福島太一と池田志保を調べる必要がありますね。分かりました。私が調べてみましょう」
「申し訳ありません。もし身に危険が及ぶようでしたら、電話をください。それから、居酒屋の連中ですが、CKNグループに通じている人間がいるかもしれませんので、気をつけてください」と言って、里見は署に帰って行った。
 菅原は考えた。
「里見刑事の言うように国会議員の大山年男が天の声の張本人に間違いない。そうでなければこんなに早く里見たちを抑えることはできないはずだ。政治屋を三人相手では手強い」
 店員を呼んで、オレンジジュースとサンドイッチを頼んだ。
「里見刑事が帰り際に我々の仲間にCKNグループのスパイがいるかもしれないと言っていたが、一体誰だと言うのか?」
 菅原はストローを口につけた。
「今週は毎日灯に通うことにするか。何か新しいことが分かるのを期待しよう」
 店を出て、ぶらぶらしながら稲村ケ崎に行った。
 海風が強かった。
 人の姿はなかった。
 江の島の方向に目を向けると、その右手に濃いねずみ色の肌の富士が悠然とした姿を見せていた。
「あの日、左手の方角で立花さんが崖から落ちて死んだ」
 菅原はその時を思い出そうと努めた。
「三時半か。やはり、夕暮れになるのを待ってみよう」
 道路を渡ったところにあるレストランに入った。
 コーヒーを注文して、小説を読み始めた。
 菅原が本から目を離して外を見ると、稲村ケ崎が闇に包まれていた。
「五時十分か」
 菅原は店を出て、岬に立った。
 風は多少弱くはなっていた。
 数人のカメラマンが江の島富士の方向にカメラを構えていた。
 赤く染まった空と雲は、菅原を悲しい世界に引きずり込んで行った。
「あの時を思い出そう。もうしばらくして、悲鳴が聞こえたんだ」
 一部始終が、菅原の脳裏によみがえってきた。
 暗闇の中、崖を下った。
「立花さんが横たわっていた所は、この辺りだな」
 スマホの明かりを頼りに周囲を見回した。
「これはスマホじゃないか。そう言えば、羽太刑事が立花さんの財布や携帯電話が見当たらなかったと言ってたな。確か、立花さんはスマホを持っていたかママに聞いてみよう」
 菅原はハンカチに包んでポケットにしまった。

「菅原さん、いらっしゃいませ」
「ママ、稲村ケ崎に行ってきたよ。そこでスマホを拾ったんだが」と言って、菅原はポケットからハンカチで包まれたスマホを出した。
「これ、立花さんのものと似ているわ」
「本当ですか」
 菅原はさっそく携帯を出して、里見に電話をかけた。
「菅原です」と言って、稲村ケ崎でスマホを拾ったことを話した。
「そうですか。それを私に預けてもらえませんか。科捜研に調べてもらいます。今どこですか?」
「かほりにいます」
「すぐに行きます」
 十五分ほど過ぎて、車の扉の閉まる音に菅原は気づいた。
「こんばんわ」
 里見と羽太が入ってきた。
「ご苦労様です」
 菅原と美佐が同時に答えた。
「里見さん、これです」
 菅原はハンカチに包んだスマホをカウンターの上に置いた。
「なるほど」
「ママに聞いたところ、これは立花さんのものと似ていると言うんです」
「そうですか」
 里見と羽生とは美佐を見た。
「はい、立花さんが持っていたスマホによく似ています」
 美佐が答えた。
「分かりました。菅原さん、電話で言った通り科捜研で調べてもらいます」
「よろしくお願いします」
 手袋をした羽太が大事そうにビニール袋にスマホを入れて、ふたりは店を出て行った。
「スマホのことは里見さんに任せて、一杯飲んだら灯に行きます」
「月曜日からご苦労様です」
 美佐はジョッキにビールを注いで、手を拭いている菅原の前にジョッキを置いた。
 客が何人か入ってきた。
 その中に、八木がいた。
 八木は菅原の隣に腰をおろした。
「菅原さん、こんばんわ」
「今夜は早いですね」
「月曜日はお客が一番少ないんですよ」
 土曜日以外は事件についての話はしないとの約束であったので、指し障りのない話をして、菅原はかほりを出た。
 星が輝いて見えた。

 灯に入ったのは、九時を過ぎていた。
 店にはママの池田志保と仁美が、手持無沙汰にしていた。
「澤藤さん、いらっしゃいませ」
 仁美が笑顔で迎えた。
「澤藤さん、御贔屓にしていただいて、ありがとうございます」
 志保が続いた。
「水割りでいいですね」
「ええ」
 仁美が棚からボトルを出して、水割りを作った。
「客は、私一人ですか?」
「ええ、月曜日はいつもこうなんです。よく来ていただきました。澤藤さんは、関西の方なんですって。単身赴任は大変でしょうね」
 志保が、答えた。
「仕事ができないほうなので、会社は、あちらこちらと転勤させるんです。九州や東北にも単身赴任を何年もしてますので、慣れっこになっています」
「鎌倉はいかがですか?観光されましたか?」
「武家の土地だったせいか、京都と違って荒々しさを何となく感じます。そう言えば、仁美さん、先日、円応寺でお見かけましたよ。よく円応寺に行かれるんですか?」
 仁美に動揺した様子を菅原は見た。
 志保も警戒する顔つきを一瞬見せた。
「たまに北鎌倉を散歩しますので、その時、円応寺も参詣します」
「いいお寺ですね」
 菅原はグラスに口をつけた。
「澤藤さん。私もいただいていいですか?」
 志保はセクシーな目つきに変わって、菅原を見た。
「いいですよ。仁美さんもどうぞ」
「ありがとうございます」
 仁美は、水割りを二つ作った。
「では澤藤さんのご健康とご活躍を祈念して、乾杯!」
 志保がグラスを菅原のグラスに軽く当て、菅原は仁美のグラスに当てた。
「どうもありがとう」
 菅原はグラスの半分ほどを飲んだ。
「ママ、いつもボックス席に座る方たちは、今日は来ないんですか?」
「ええ、来られないようですね」
「来月、統一地方選挙があるから大変ですね」
「はい、応援している候補者が当選するよう私たちも頑張っています」
「私にはここでの選挙権がありませんので、候補者に興味はあまりないのですが、ママたちはどなたを応援しているのです以下?」
「市議候補の飯田さんと県議候補で市議の吉田さんそして、参議院補欠選挙選挙に出馬する県議の岡田さんたちを応援しているんです」
「それは大変だ」
 志保が頷いた。
「そんなことはどうでもいいですから、歌でも唄ってくれませんか?」
「では歌わせてもらいますか。さだまさしの精霊流しをお願いします」
 菅原が歌っている最中、涙を浮かべているのに志保が気付いた。
 歌が終わった。
「澤藤さん、何かを思い出したんですか」
 志保が、菅原の顔をのぞき込んだ。
「ちょっと亡き妻を思い出しまして。すみません暗くなってしまいました」
「いいえ、この歌、私も好きです」
 菅原は、その後二曲ほど歌って、灯を後にした。
 気分が高まっていた。
「円応寺を出したらふたりとも一瞬態度が変わったな。やはり何かあるな」
 菅原は気分よく帰り道を歩いた。

「あの澤藤さんという人、胡散臭いわね」
「ママもそう思う。何か知っていて、探っているようだわ」
「気を付けたほうがいいわよ」
「今日はもう店じまいにしましょ」
 志保と仁美は片づけを終えて、仁美を帰すと電話をかけた。
「太一君、池田よ。明日の午後、店に顔を出してくれない?頼みがあるの」
「何時ごろがいいですか?」
「三時頃でいいわ」

 翌日の午後三時、福島太一が灯にやってきた。
「太一君、今日か明日店に澤藤という客がたぶん来るのでその客をマークしてほしいの。どうも立花の死について何か疑っているようで、目障りなのよ」
「じゃあママ、カウンターの後ろに隠れて待っていますよ」
「そうしてちょうだい」
 九時が過ぎた。
 菅原が灯の扉を開けた。
「いらっしゃいませ、澤藤さん」
「今日も私一人の貸し切りのようですね」
 おしぼりで手を拭きながら言った。
「最近、どのような訳かお客さんが来なくなったんですよ。ウイスキーの水割りでいいですね」
「はい、それはきついですね」
「でも気にしないで、たくさん歌って行ってください」
 五曲を歌った。
「澤藤さん、ボトルなくなりましたけど、新しいのを入れますか?」
「ええ、お願いします」
 遅れてきた仁美が、ウイスキーの水割りを作った。

 土曜日。
 昼を食べてから、買い物に出た。
 今日も大船だった。
「俺を尾行しているのは、あの男か?」
 菅原が、素知らぬ顔で尾行の男の顔を確認した。
「以前尾行されていたと思っていたのは、勘違いか。今度は間違いな」
 菅原は簡単に男をまいて、美佐の店に入ったのは七時半だった。
 午後八時になったのを見て、菅原が立った。
「まず里見刑事からよろしくお願いします」
 菅原に促されて、里見が立った。
「皆さん、申し訳ありません。私たちはこの事件から手を引かざるを得なくなりました。最後の仕事して、先日菅原さんが稲村ケ崎の崖の下で見つけたスマホの解析を科捜研に依頼しています。結果が分かり次第菅原さんへ連絡します。以上、私たちはこれで失礼します」
「里見さん、羽太さん、ご苦労様でした」
 菅原が見送った。
「菅原さん、これで我々は何も気にせずに事件の調査ができますね」
 倉石が嬉しそうに言った。
「前にも言ったように、調査することによって相手がどう出るか分かりません。身の危険が及ぶことになるかもしれませんので、この件から手を引かれる方は遠慮なく言ってください」
 菅原は、倉石、八木、大橋、山田、そして美佐の順で見回した。
 手を引くという者は、誰もいなかった。
「分かりました。身に危険が生じそうになったら、すぐに私へ連絡ください。頼みます」
 一息ついて、続けた。
「八木さん、三人の後援会事務所にいるCKNグループの会員の行動について調べてくれませんか?特に、灯のママの池田志保さんと福島太一さんを重点的にお願いします」
「分かりました」
「倉石さん。T建設の戸所氏の動向を調べてもらえませんか?」
「了解しました」
「大橋さんと山田さんは、昨年度の談合の件を地検特捜部にリークしてもらえませんか?なるべく早くお願いしたいんですが?」
 大橋は考え込んだ。
 しばらくして、山田の顔をのぞいた。
 山田が頷いた。
「承知しました。私ひとりが責任もって対応します」
「ありがとうございます」
「菅原さん、私は何をしたらいいんでしょうか?」
 美佐が口をはさんだ。
 菅原は、美佐のことを何も考えていなかった。
(ママは、皆よりも私が伝えた情報が多いから何かあったら大変だ。この計画には深入り指せないのが一番だ)
「ママはお店に来たお客さんを大事にしてください。それだけでいいです。それから、毎週土曜日の報告会ですが、このまま続けようと思います。それ以外に話をすることがあれば、私に連絡ください。電話で済まないようであれば、私のアパートに来てください。これからは、くれぐれも慎重に調査してください」
「菅原さん、今日はこれで終わりでいいですか」
 美佐が聞いた。
「はい、これで終わります」 
 美佐がジョッキにビールを注ぎ始めると、菅原もカウンターの中に入って注ぎ終わったビールを皆に配った。
 一時間ほど過ぎると皆は酔っ払ってきた。
「これから灯へ、歌を唄いに行きませんか?」
 急に八木が大声で言った。
「八木さん、大丈夫?」
 美佐が心配そうに言った。
 八木たちが、店を出て行くのを菅原と美佐は見送った。
 
 数日後の金曜日。
 昼、アパートにいた菅原のスマホが鳴った。
 里見からだった。
「菅原さん、先日預かったスマホの件で、結果が出ました。昼休みにそちらのアパートへ伺っていいですか?」
「いいですけど」
「住所は以前聞いていますから、十分ほどで行けると思います」
 里見が羽太を連れて、アパートにやってきたのは十二時二十分頃だった。
「時間がないので、結論を言います。あのスマホは立花隆さんの物でした。通信記録から八木さんという男から呼び出しのメールが届いていました。呼び出しの場所はスナック灯です。その時の立花さんと池田志保との会話と死の直前の様子が録音されていました。おそらく、崖からつき落とされる寸前まで意識はあったのでしょう。その時、スマホを海に投げ込んだと思われます。そのスマホは、この間の地震による影響で磯に打ち上げられたものと考えられます。このことは、これから上司に報告するつもりですが、その前に菅原さんに伝えておきたいと来ました。このUSBに今言った立花さんの情報が生のまま入っています」
 里見は、菅原にUSBを渡した。
「お預かりします」
「このことが、上層部で握りつぶされた時は菅原さんの好きなようにこれを使ってください。これから、私は署に戻って、上司にこのことを報告します」
 また連絡すると言ってふたりはアパートを出て行った。
 午後二時を過ぎていた。
 菅原は八木に電話した。
「菅原です。今回の件で新しい情報を入手しました。至急報告したいので、お手すきの時にアパートに来ていただけませんか?」
「それは何ですか?」
「電話ではちょっと」
「分かりました。では、三時ごろ伺います」
「お待ちしています」
 電話を切った菅原は、コーヒーを入れた。
「里見刑事の電話が早いか八木さんがくるのが早いか?」
 携帯が鳴った。
 里見からだった。
「菅原さん、残念ながらダメでした。もうことは終わっているから蒸し返すなと上司の命令です。菅原さん、あとはよろしく頼みます」
「承知しました」
 菅原は八木が来るのを待った。
 八木にこのUSBの中身について、問いただすつもりだ。
 三時きっかりにブザーが鳴った。
 菅原が穴から外を確認して、ゆっくりと扉を開けた。
「八木さん、お忙しいところすみません」
「急に何かありましたか?」
 菅原は八木を食堂に通した。
「コーヒーでいいですか?」
「ありがとうございます」
 八木は不安そうに返事をした。
「八木さん、実はは立花さんの件ですが、立花さんのスマホに通信記録として残っていました。その中に、あなたが立花さんにスナック灯に来るように呼び出しのメールがありました。何の目的でメールを送ったんですか?」
「灯のママが八木さんと飲みたいので、呼んでもらえないかと頼まれたのです」
「立花さんは、灯に呼び出しの時刻の四時に時に来ましたか?」
「私は、ただメールを入れただけで、灯には行ってませんので立花さんには会っていません」
「あなたは立花さんへ二時ごろメールを入れていますが、どこで入れたのですか?」
「吉田市議の後援会事務所だったと思います」
「その後、あなたはどうされましたか?」
「確か三時ごろには事務所を出て、店に戻ったと思います」
「あなたがメールを入れた日の夕方に、立花さんの死体が発見されたんですが、それを知ってどう思いましたか?」
 八木は黙ってしまった。
「どうしましたか?」
「あの晩、かほりで菅原さんから立花さんが亡くなったことを聞いて、私がメールしたことが関係しているとは思いませんでした。いや、思いたくなかったのかもしれません。そう簡単に人が人を殺すなんて信じられませんから」
「あなたは、灯の池田志保さんに後日立花さんと飲んだことを確認しましたか?」
「もちろん。ママは一時間ほど飲んで別れたと言ってました」
「八木さん、ありがとうございました」
 ほっとした顔つきをして、八木は帰って行った。
「これからどうしたものか?」
 五時ちょっと前だった。
「美佐さんの所に行くか?」
 店に入ると数人の客が、楽しそうに酒を飲んでいた。
 菅原の仲間はいなかった。
 運よく、カウンターの右奥の席がひとつ空いていたので、そこに腰をおろした。
 この席は、生前の横井の指定席だった。
「お疲れさまです。いつもの生でいいですか?」
 美佐はおしぼりを置きながら聞いた。
「はい。玉子焼きもお願いします」
 美佐は客の注文に応えるために、忙しく振舞っていた。
 菅原は注文した焼きそばを食べ終えると店を出た。
「帰るのはまだ早いか。灯に行ってみるか」
 菅原は尾行がないのに気づいていた。
 店には仁美がひとり手持無沙汰にしていた。
「いらっしゃい。お久しぶりですね」
 菅原はカウンターに座り、おしぼりで手を拭いた。
「水割りでいいですか」
「ええ、お願いします」
 仁美の動作はぎこちなかった。
「どうかしましたか?」
「いいえ。澤藤さんはいつまで鎌倉にいらっしゃるんですか?」
「この街が気に入ったので、もうしばらくいようかと思っているんですけど。何か?」
「別にただお聞きしたかっただけです」
「ママは?」
「最近忙しくて、お店には時々しか顔を見せないんです」
「選挙関係で?」
「私、よく知らないんですけど」
 仁美は警戒した。
「歌でも唄いますか?」
 菅原は話題を変えた
「何唄いますか?」
「仁美さん、村下孝蔵の初恋お願いします」
 菅原は村下孝蔵の歌が好きだった。
 昔を思い出したのであろうか、仁美の眼がうるんでいた。
「いい歌ですね」
「彼はシンガーソングライターで、いい歌がたくさんあるよ。残念だが、彼の人生は短かった。もっと長生きして、いい歌を沢山創ってほしかった」
「澤藤さん、ロマンチストなんですね」
「どうだか」
 二三杯飲んで、菅原は灯を後にした。
 気持ちよく、夜風にあたりながらアパートに帰った。
 鍵を開けて部屋に入った。
「やられた!」
 部屋が荒らされていた。
 すぐに、菅原は貴重品が盗まれていないか、隠している場所を確認した。
「助かった」
 里見からもらったUSBも無事だった。
「一体誰だ?」
 すぐに里見に電話すると、
「分かりました。三課にすぐに行かせます」
 里見が、三課の刑事を連れてきた。
 菅原は北川という名の三課の刑事からいろいろ聞かれそれに答えていた。
 その間に、里見が割って入った。 
「ただの空き巣でしょうか?」
 里見が菅原に聞いた。
「最近、尾行されていたんですが、今日はかほりから灯に行く間から尾行がなくなったんです。きっとその間を狙って部屋に入ったのではないかと思うんです。もしかしたら、あなたから預かったUSBかもしれません」
「里見さん、そのUSBってなんですか?」
 北川が言った。
 里見が手短に経緯と内容について説明した。
「なるほど。それは厄介ですね」
「北川君、盗聴器が仕掛けられていないか調べられないか?」
「準備してきましたので、調べます」
 菅原は北川に頭を下げて、北川から離れた。
 そして、里見を目で呼んだ。
「里見さん、明日にでも携帯の立花さんの録音を灯のママに聞いてもらおうかと思っているんですが、どうでしょうか?」
「どこでやりますか?」
「里見さん、菅原さん、ちょっといいですか?」
「何か分かったか?」
「食堂のコンセントのカバー裏に盗聴器が仕掛けられていました」
「なんだって」
 菅原の声は上ずっていた。
「菅原さん、一体いつ付けられたんでしょう。思い当たることはありませんか?」
「私以外にここに来たのは、かほりのママと八木さんですが、私の目を盗んでコンセントのカバ裏にしかける時間はありません。私の留守に勝手に入ってきて付けたのでしょう。いや待てよ」
「どうかしましたか?」
(まさか)あの男の顔が頭によぎった。
「いやなんでもありません」
 里見が北川を大声で呼んだ。
「里見さん、どうしました」
「隠しカメラがあるか調べてもらえないか?」
「調べていますが、今のところ発見されていません」
「そうか。よろしく頼む」
 北川が鑑識の所に行った。
「里見さん、まだだいぶかかりそうですね」
「ええ、菅原さん、どうされますか?」
「私も何かお手伝いしたいんですが」 
 里見は一瞬菅原が何を言ったのか分からなかったが、菅原が元警察官だったことを思い出した。
「そうですね。菅原さん、今は一連の事件について考えていただければ十分です」
「里見さん、先ほど話した池田志保の話ですが、吉田市議の後援会事務所でやろうかと思うのですが、どうでしょうか?」
「いつやります?」
「明日の午後三時、もし不在だったら月曜日の午後三時で考えています」
「分かりました」
 実況見分は明け方まで行われた。

 土曜日。
 菅原はに三時間ほど寝てから、部屋の片づけを始めた。
 片付けは昼近くまでかかった。
 軽く昼食をとって、吉田市議の後援会事務所に言った。
 事務所は延命寺の近くだった。
 ちょうど池田志保は手伝いに来ている人たちにいろいろ指図をしていたところだった。
 菅原が入ってきたのを見て、志保は驚いた。
「澤藤さん、何か御用ですか?」
「池田さん、ちょっと聞いてもらいものがあって来たんです」
「そうですか。ではこちらのどうぞ」
 志保は会議室に菅原を案内した。
「聞かせたいこととは何でしょうか?」
「その前に、実は私の本当の名は菅原道長と言います。今まで偽名を使ていてすみませんでした」
 志保は驚く様子もなく先を促した。
「実は、立花隆さんのスマホが発見されました。その通信記録から八木さんという男から呼び出しのメールが届いていました。呼び出しの場所はスナック灯です。その呼び出しはあなたから頼まれてメールしたと八木さんが言ってます。四時に灯に行った立花さんはあなたとの会話を録音していました。また子のスマホには死の直前の様子も録音されていました。おそらく、崖からつき落とされる寸前まで意識はあったのでしょう。そのことが、このUSBに入っています。お聞きになりたければ、パソコンを用意してください」
 志保の顔の一部が一瞬ひきつった。
「パソコンを持ってきますから、ちょっと待っててください」
 数分で戻ってきて、テーブルの上にパソコンを置いて、開いた。
「どうぞ」
 菅原はUSBをセットすると、画面に向かってクリックした。
 立花と志保の会話が再生された。
「立花さんが談合をあきらかにすると吉田さんを脅すので、それはやめて下さいと私はお願いしただけです。何度もお願いしても拒否されたので、説得をあきらめると、彼は店を出て行ったのです。ただそれだけのことです」
「次は店を出てからの録音です」
 菅原が画面に向かって、再生させた。
「菅原さん、これは立花さんの声だけで、相手が誰か分かりませんよ」
「私もそう思いました」
 志保が怪訝そうな顔をした。
「菅原さん、私を疑っているんですか?私が何をしたと言うんですか?私が立花さんを殺す動機なんてあるはずありません。警察は自殺だと言っているじゃないですか?」
「私は、そうは思っていません。池田さん、私はあなたから事実を教えて欲しいのです」
「あなたは一体何者なの?」
「ただ真実を知りたいだけの変わり者です」
「菅原さん、忙しいので、お帰り下さい」
「今、福島太一さんはいらっしゃいますか?」
「福島に何の御用ですか」
 志保は、さすがに驚きを隠せなかった。
「私を尾行している男が、福島さんかどうか確認したいと思いまして?」
「ちょっと見てきます」
 しばらくして、志保が戻ってきた。
「今日は福島は来ていません」
「分かりました」
「菅原さん、もうよろしいでしょ」
 菅原は志保に礼を言って、事務所を出た。
 陽射しが傾き始めていた。
 久しぶりに小町通りを通った。
「さすがにこの時間になると人通りは少なくなるな」
 照明で明るく照らされている駅を通り過ぎ、脇道に入った。
 飛び出しナイフを持った目出し帽の男が、菅原の前に立ちはだかった。
「とうとう正体を現したな」
 菅原は腰を低くして、腕を曲げた。
「待て~」
 里見の大声が響いた。
 目出し帽は踵を返した。
「待て」
 里見と羽太が男を追い、菅原も続いた。
「残念、もう少しだったのに」
 息を切らせながら、里見たちは悔しがった。
 菅原は里見たちに礼を言った。
「菅原さん、そんなことはいいです。池田志保はどうでした?」
「ここではなんですから、私のアパートに来てください」
 数分歩いて、三人は菅原のアパートに入った。
「お茶かコーヒーどちらがいいですか?」
「菅原さん、かまわないでください」
「遠慮しないでください」
 ふたりはコーヒーを頼んだ。
 菅原がふたりにコーヒーを出すと、池田志保とのやり取りを話した。
「あの録音だけでは確固たる証拠にはなりませんから、仕方がありませんね」
 菅原の話を聞き終わった里見が、やむを得ないという顔つきで言った。
「でも、その効果がありました」
「目出し帽の男ですね」
「池田志保の指示で私を襲ったんだと思います。おそらく、彼は福島太一でしょう」
 里見と羽太が頷いた。
「あっ。今日は土曜日ですね。かほりで連絡会があるんで」
 菅原はすぐに壁にかかっている時計を見た。
 七時十五分を指していた。
「では、我々は署に戻ります。これからも十分気を付けて下さい」
「途中まで一緒に行きましょう」
 菅原はふたりに別れを告げて、かほりに行った。
「ご苦労様です」
 美佐が迎えた。
「私が一番ですか?」
「八木さんがトイレに行ってます」
 八木が戻ってくると、菅原は立花のスマホの件を話すことの了解を得た。
 八時近くなると、倉石、大橋そして山田が店に入ってきて、全員集合した。
 菅原は、里見刑事から立花さんのスマホに灯のママとの会話が録音されていたUSBを里見刑事から預かったこと、そのスマホのメール履歴に八木さんから立花さんに灯に来るようにとの誘いの連絡のメールがあったこと、そして、昨日金曜日に私の部屋に空き巣が入ったこと、それから先ほど吉田市議の後援会事務所で灯のママに録音を聞いてもらい、その帰りアパートの近くでナイフを持った目出し帽に遭遇したこと等を報告した。
「里見刑事から預かったUSBにはどんなことが録音されていたんですか」
 大橋が真っ先に聞いた。
「ママ、パソコン貸してもらえますか?」
 美佐がカウンターの下から出したパソコンを受け取った菅原は、USBをセットしてマウスを動かした。
「確かに、灯のママの声だ。ただ立花さんには、吉田市議を恐喝しないでもらいたいと言っているだけで、事件性があるとは考えられませんね」
 大橋が言った。
 皆、頷いた。
「空き巣は何を盗っていたんですか?」
 美佐が心配そうに言った。
「何もないんです。私の推測ですが、里見刑事から預かったUSBを盗むのが目的だったのかもしれません。そうそう、警察の実況見分で食堂のコンセントに盗聴器が見つかりました。いつだれが何のためにやったのか分かりません」
「USBはどこにしまっておいたのですか?」
「私は持ち歩いていました」
「盗聴器をコンセントの中に取り付けるには多少時間がかかると思いますが、そのような時があったことは?」
 倉石が聞いた。
「今回の空き巣以外には考えられません。何人かアパートに来られていますが、そのようなことはできるはずはないと思います」
「そうだとすれば、菅原さんが入居前に取り付けられたとは考えられませんか?」
「十分あると思います」
「心当たりはないのですか?」
 菅原は園城寺を多少疑っていたが、ここでは答えるのを控えた。
「ないです」
「この録音を灯のママに聞かせた時の彼女の反応はどうでしたか?」
 八木は自分が立花の件に関与しているかが心配だった。
「彼女は立花さんを殺す動機がないと言い張っていました」
 八木はほっとした顔つきになった。
「ところで、菅原さん。目出し帽の男に思い当たることはないですか?」
 倉石が聞いた。
「全くない訳ではないのですが、確信が持てないのです。八木さんはどう思います?」
 ふられた八木は、吃驚した。
「そうですね・・・。CKNグループの関係者かもしれません」
「なるほど。八木さん、後援会事務所で働いている人で、CKNグループの人は多いですか?」
「事務所によって違うようです。特に多いのは今度市議に立候補するT建設の飯田社長の所が多いようです」
「なるほど。では皆さんの報告をお願いします」
 大橋がまず手を挙げた。
「市発注の設計及び工事の談合について、一昨日、地検特捜部にリークしましたので、今後特捜がどう出るかウオッチングしていきます」
「よろしくお願いいたします」
 次に倉石が報告した。
「T建設の戸所氏ですが、時々、事務所の外で灯のママと会っています。飯田氏候補へCKNグループの最大限の応援を頼んでいるようです。今度の市議選は飯田氏にとってスキャンダルの噂が広まっているのでかなり厳しいようです」
「厳しいです。池田志保さんも走り回っています」
 八木が言った。
「うむ・・」
 菅原は考え込んでしまった。
「菅原さん、どうかされたのですか?」
 心配そうに美佐が聞いた。
「この事件の解決は、思った以上に難しそうです」
 八木が再び口を開いた。
「福島太一は池田志保さんに心酔しています。彼女の言うことなら何でも引き受けるように思われます。もう少し、確信に迫ってみるつもりです」
「八木さん、危険ですからもう手を引いてください」
 八木は黙ってしまった。
「皆さんもこの件についてはここまでとしてください」
「あとは菅原さん一人でやると言うことですか?」
 倉石が不満そうに言った。
「はい」
「冗談じゃありません。仲間が三人も殺されたんですよ。菅原さん、私は最後までやります」
 八木が大声を出した。
 皆、圧倒された。
 そして、皆が続いた。
「八木さんの言う通りだ。私もやる!」
「分かりました。くれぐれも危ないと思ったら、逃げてください。警察を呼んでください」
 菅原は続けた。
「私は実行犯は立花さんと永江さんの件は、福島太一で横井さんは戸所安治だと考えています。そのバックが灯のママ池田志保ではないかと」
「菅原さん、池田志保を動かしている人間がいるのではないかと思うのですが?」
 八木が言った。
「多分そうでしょう。ただそれがだれかまだ分かりません」
 続けて、菅原が言った。
「今後の調査についてですが、池田志保と福島太一に絞りましょう。吉田市議の後援会事務所については今まで通りに八木さんにお願いすることにして、飯田氏の後援会事務所は倉石さんにお願いできませんか?」
「いいですよ、後援会にすぐに入ります」
 倉石はやる気満々だった。
「大橋さんと山田さんですが、時々スナック灯に顔を出して様子を窺ってもらいたいのですが、どうでしょうか?」
「分かりました。灯のお馴染みさんになりますよ」
「皆さん、ありがとうございます」
 美佐はジョッキにビールを注ぎ始めた。
 
 数週間後、菅原は飯田の講演会に顔を出していた。
 菅原は、後方の通路側の席に腰をおろした。
 会場には、応援演説を行う県議の岡田正と市議の吉田栄一が壇上にいた。
(八木さんは来ていないのかな)
 菅原は八木を探したが、見つからなかった。
 開会予定六時になった。
 席はすべて人で埋まっていた。
(CKNグループが総動員かけたのだろうな)
 司会の女性が飯田を促した。
 飯田がマイクの前に立った。
「飯田さん、頑張れ」
「飯田、勝つぞ」
「待ってました」
 大きな声が八方から飛び交った。
 両サイドに席を取っている後援会の手伝いの人たちも、盛大な拍手を送っている。
 異常な雰囲気に菅原は取り囲まれた。
 飯田の演説はチラシに書かれた内容をただ読んでいるように聞こえて、菅原には心に響くものではなかったが、周りの人たちは所々で大歓声や拍手で盛り上がった。
 よく見ると、左サイドの前席に座っている女性が拍手をすると、それに観衆が続いていることが分かった。
(あの女性は、池田志保じゃないか。後ろにいるのは確か福島太一)
 飯田の話の途中、司会者が飯田にメモを渡した。
 飯田の顔に動揺の色が表れ、しばらくの間沈黙が続いた。
 心配になった岡田と吉田が、駆け寄った。
「どうした」
 岡田の声がマイクを通して会場に響き渡った。
 慌てて飯田はマイクを切り、二人にメモを見せた。
 ふたりも動揺を隠せずにいた。
 前席の池田志保が司会者の所に行って、何やら話している。
 会場の人々がざわめき始めた。
(一体何があったんだろう)
 いつの間にか、倉石が菅原の前に現れた。
「倉石さん、どうしました?」
「菅原さん、地検が、横浜地検が飯田後援会事務所に立ち入り捜査に入りました。同時に、T建設本社や工事現場、自宅にも立ち入ったようです」
 倉石は興奮していた。
「菅原さん、これからどうしましょう!」
 菅原も考えていたところだった。
 壇上には、すでに池田志保が飯田のそばにいた。
「福島太一がいないぞ」
 スーツを着た数人が、壇上に上がって行った。
 一言二言話をして、飯田と吉田を連れて会場を出て行った。
 池田志保たちは唖然としていた。
「倉石さん、ひとまずここを出ましょう」
 地検の立ち入りは、吉田市議の自宅や経営している不動産会社そして、後援会事務所だけでなく、市役所内部にまで及んでいた。

 横浜地検の捜査による政官民の談合事件は、テレビ、新聞そしてネットであっという間に世間に広がった。

 定例の報告会がかほりで行われた。
 いつものメンバーが集まった。
「大橋さんと山田さんのおかげで、地検による談合事件の捜査が行われていますが、立花さんたちの事件については全く進展していないようです。これから我々はどうすればよいのか悩んでいます。皆さん、何かありましたら言ってください」
「飯田と吉田の後援会事務所は閉鎖されてしまったので、私の役目が果たせなくなりました」
 八木が残念そうに唇をかみしめた。
 倉石も頷いた。
「菅原さん、私たちはもうしばらく灯に通ってみます」
 大橋が言った。
「大変でしょうが、よろしくお願いします」
 その日は、進展もなく会はお開きになった。

 三日後、残業中の大橋は山田へ電話した。
「大橋さん、お疲れさまです。今日はどうします?」
「もう八時半過ぎなので、灯へ直行しましょう」
「あとどのくらいかかりますか?」
「八時五十分一階のロビーでどうでしょう」
「了解です」
 ふたりが店に入ったのは、とうに九時をまわっていた。
 カウンター席に男が一人座っていた。
「いらっしゃい」
 仁美が二人を迎えた。
「あれ、園城寺さんじゃないですか」
 大橋が気付いた。
 園城寺は驚いた様子だった。
「こんばんわ」
 山田が園城寺の隣に腰かけ、その隣に大橋が座った。
「皆さん、お知り合いですか?」
 仁美が大橋と山田におしぼりを出しながら聞いた。
「ええ」
 誰ともなく返事をした。
「おふたりともいつものでいいですか?」
「はい、お願いいたします」
 山田が答えた。
 しばらく大橋と山田は焼きそばをほおばりながら、水割りを飲んでいた。
 空きっ腹に酒が効いたようで、ふたりとも酔いが早かった。
 園城寺もかなり酔っているようだった。
「園城寺さん、なぜ我々のグループをやめたんですか。理由を聞かせてくださいよ」
 山田はしつこかった。
 園城寺は黙っていた。
「菅原さんのアパートに盗聴器をつけたのは、あなたじゃないんですか?」
「俺がそんなことをするはずないじゃないか」
「まさか、あの三つの事件にあなたは関わっているんじゃないですか。どうなんですか?」
「山田さん、いい加減にしないか。園城寺さんが困っているよ」
「そうよ。三つの事件はもう解決済みじゃないんですか。園城寺さんが関わっていたという証拠がないのにひどいじゃありませんか」
 仁美が興奮して言った。
「仁美さんは黙っていてください。園城寺さん、関係してなかったら、私が言ったことはでたらめだと言ったらどうですか?」
「お客さん、静にしてくれませんか。迷惑なんですよ」
 いつの間にか、仁美の隣に男が立っていた。
「あんたは誰だ?」
「店の者です。話がまだあるならば、外で私がお相手しましょう」
「あんたなんかに話はない。私はこの園城さんと話をしているんだ」
「お客さんが迷惑しているんだ。いい加減にしろ」
「なんだと、客に向かって言う言葉か。お前もCKNグループの一員だな」
「お客様、お金はいりませんのでお帰り下さい」
 ママの池田志保がカウンターの中に入っていた。
「そういうあんたもCKNグループの人間だな。CKNグループは、一体何をたくらんでいるんだ?」
「あなたのような人には答える必要はないわ。太一ちゃん、この客外へ連れ出してやって」
 福島太一がカウンターの外に出てきて、山田の腕を掴んだ。
「何するんだ。菅原さんを襲ったのはお前だな」
 福島太一は一瞬たじろいだ。
「山田さん、もう帰ろう」
 大橋が山田の袖を引いた。
「はっきりするまで俺は帰らんぞ」
 山田は大橋の手を振り切った。
「いてえ」
 山田の腕を握っている福島の指にさらに力が入った。
「文句言わずにさっさと表へ出ろ」
「やめろ」
 大橋が怒鳴ったが、山田は引きずられるように店の外へ連れ出された。
「この野郎、二度とCKNグループの悪口を言わせないようしてやる」
 福島太一は遠慮なく殴ったり蹴ったりし始めた。
 しかし、山田は一切手を出さなかった。
 大橋は菅原に電話した。
 
 かほりで飲んでいた菅原の携帯が鳴った。
「大橋です。今灯にいるんですけど店員と山田さんが店の外で喧嘩しているんです」
「分かりました。すぐ行きますから無理しないでください」
「はい」
 菅原はすぐに里見に電話を入れて、事情を話した。
「菅原さん、どうしました?」
「ママ、タクシーを呼んでもらえますか」
 美佐がすぐに携帯を出して、馴染みのタクシー会社へ電話をした。
「五分ほどで来ます」

 タクシーが灯の近くで止まり、菅原は料金を支払って、車を降りた。
「やめるんだ」
 大橋の声が暗闇の中を伝わってきた。
 福島太一は山田を殴っていた。
 菅原が止めに入った。
「やめろ、警察が来るぞ」
「邪魔すんじゃない」
 逆上していた福島が、菅原の腹に向かってパンチを入れた。が菅原はそれをかわすとともに、福島の右手首と胸倉を掴んで投げ飛ばした。
 サイレンを鳴らしながら走ってきた覆面パトカーが止まり、里見と羽太が降りてきて、菅原の所に行った。
「どうしました」
「この二人の喧嘩です」
 里見が警察手帳を山田と福島に見せた。
「店の責任者と関係者たちと当事者のふたりたちから署で話を聞こう。羽太、車を呼んでくれ」
「菅原さん、山田さんは一度も手を出していません」
 大橋が、スマホで撮った動画を見せた。
「大橋さん、お疲れさまでした」

 パトカーが二台やって来て、福島太一、池田志保、仁美、園城寺誠を乗せて行ってしまった。
 里見が菅原に耳打ちした。
「菅原さん、この機会をとらえて、三件の事件を明らかにしようと思っています。山田さんが、チャンスを作ってくれました。進捗がありましたら連絡します」
 里見と羽太は、山田勝と大橋守を乗せて署に向かった。
 菅原は待たせていたタクシーに乗って、里見たちの後を追った。
 
 取り調べは福島太一の傷害事件に関して行われた。
 里見と羽太が担当した。
「どうして、山田さんに暴力をふるった?」
「彼は俺が菅原を襲ったことを口にしたんだ。それで頭に血が上ったのさ」
「あなたは菅原さんを襲ったのか?」
 福島は黙った。
「まあいい。あなたは立花さんと仁美と稲村ケ崎に行きましたね。駐車場の防犯カメラに映っているんだよ。何しに行った?」
 里見は、防犯カメラに映った福島たちの写真を机に広げた。
 福島の顔色が変わった。
「なぜやった。あなたが立花さんを殺したいと思ったのか。どうなんだ?」
 黙り続けていた。
「いくら黙り続けていても、誰も助けてくれんぞ。灯のママの指示でやったのか?」

 里見は福島太一の取り調べを一時休止して、仁美の事情聴取を行った。
「仁美さん、店の中で山田さんはどんなことを言っていたんですか?」
「菅原さんのアパートに盗聴器をつけたのは園城寺さんだとしつこく責めていました」
「園城寺さんの様子はどうでした?」
「自分はしていないと反論してました」
「それで?」
「ママが出てきて、太一さんに山田さんを外に連れ出すよう言いました」
「なるほど。あなたと園城寺さん、福島さんはどのような関係ですか?」
「園城寺さんはただのお店の客です。私と仁美さんはCKNグループの会員です」
「ママの池田志保さんも確か会員ですね」
「ええ、グループでは偉い立場の方です」
「話は変わりますが、立花さんが亡くなった時に稲村ケ崎に行かれてますね?」
「はい。お店に来た立花さんはママと口論して彼が帰ろうとした時に、私に好意を持っていた立花さんを稲村ケ崎に連れて行って、立花さんの頭を冷やしてもらえないかとママに頼まれて、彼を誘って車で稲村ケ崎に行きました。夕陽を撮っている人たちと離れた場所に行くと、太一さんがいつの間にか私たちのそばに来ていました。立花さんが気づくや否や太一さんが彼を崖から突き落としたんです」
「福島さんはどうして現れたのですか?」
「あとで聞いたんですけど、車の後席に隠れていたそうです」
 仁美が泣き出した。

 里見は部屋から出て行き、再び福島太一の取り調べを始めた。
「あなたが立花さんを稲村ケ崎の崖から突き落としたと、仁美さんが言ったよ。もう白状したらどうなんだ」
 福島太一は池田志保から立花を殺害するよう命じられたことも話した。
 そして、永江正勝の殺害も認めた。

 二課は、池田志保を取り調べた。
 事前運動による選挙違反を主に重点に置いた。
「池田さん、あなたはCKNグループの会員に後援会に入会するよう強制していたそうですね。会員の方が迷惑だったと証言しています」
「私は、強制なんてしていません。皆自主的に入ってくれたんです」
「あなたは、T建設の飯田社長から多額の金を受け取っていますね。その金はどうしたんですか?」
 池田志保は黙秘した。

 三課の吉永が、園城寺の事情聴取を行っていた。
「あなたは菅原さんのアパートに盗聴器をつけたんじゃないかと山田さんにしつこく言われたようですが、本当はどうなんですか?」
「そんなことをなぜ私がしなければならないのです。言いがかりですよ」
 ビニール袋に入った盗聴器を里見は机の上に置いた。
「これは何ですか?」
「菅原さんのアパートのコンセントにつけられていた盗聴器です」
「私はこんなものつけていません」
 ノックの後に羽太が部屋に入ってきて、吉永を入り口に呼んで耳打ちをした。
「福島太一が菅原さんのアパートに盗聴器をつけたことを白状しました」
 頷いた吉永は席に戻った。
「グループにとって危険人物だと思っての事です」
「園城寺さん、大変失礼しました」
「誰がつけたのか分かったんですか?」
「福島太一がつけたことを自白しました。園城寺さん、お引き取りになって結構です」
 吉永たちが頭を下げる中、園城寺は部屋を出て行った。

 数日後、池田志保はCKNグループを守るために、福島太一に立花隆と永江正勝を殺害するよう命じたと自白した。

 里見は、戸所安治から横井正の件について取り調べを行った。
「戸所さん、自分に不利になるようなことがあったら、黙秘権を使って結構です。ただし、嘘はまずいです。では、始めます。あなたはあの工事中の事故をどう思いますか?」
 戸所が考えていた想定質問にはなかった質問が来たので、驚いてしまい、すぐに応える事ができなかった。
「どうしました。黙秘権ですか?」
「いいえ」
 戸所は早く覚悟した方がよいと考えて、話始めた。

「飯田社長から横井さんが談合の件で脅されているのでどうしたらよいかと相談を受けました。また私たちにとっても、金づるを失ってしまうので、横井さんの施工ミスでの業務上過失傷害の罪を犯したと、T建設を退職に追い込もうと計画していたんですが、当人が落下したのでびっくりして、あんな行動に出てしまいました。計画は飯田社長と入念に練りました。飯田社長が建築工事中の事故に見せかけることを考え、戸所さんに具体案を作らせました。それが、コンクリート打設時に支保工を外すことになったのです。戸所さんを手伝うよう太一ちゃんに頼みました」
「あんたがたは何をたくらんでいるんだ」
「私たちはこの国に住んでいる人たちが、リーダーのもとに平等に生きて行けるような国にしたいのです。まずそのためには、議員の皆さんに協力してもらわなければならないんです」
「リーダーは誰なんだ?」
「それは言えません」
「まあいい。そのリーダーの目的のために、あなたがたは、飯田社長、吉田市議そして岡田県議らの後援会に力を注いでいたのか」
 里見はあきれ返った。

 かほりに八木、倉石、山田そして、大橋が集まって、菅原から事件の報告を聞いていた。
「立花さん、横井さんそして永江さんたちを殺害した犯人たちが逮捕されました。また、飯田社長たちの談合も公になりました。何よりもCKNグループの深慮遠謀も一応断ち切ることができたようです。里見刑事から皆さんのご協力に感謝しますとの伝言をいただいています。また私からもお礼申し上げます」
「固いことは終わりにして、祝杯を挙げましょう」
 八木が言った。
 美佐がジョッキにビールを注ぎ始めると、菅原もカウンターの中に入ってビールの入ったジョッキを皆に配り始めた。
「今まで気づかなかったけど、ママと菅原さんはお似合いじゃない」
 倉石が行った。
 美佐と菅原の顔が赤く染まった。
                                         了 
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 居酒屋探偵団 2 | トップ | 明治会館 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

小説」カテゴリの最新記事