ニューギニアのおじぎ草を触って萎むさまを見ていると、両目に涙が溢れてきました。
17年前に東部ニューギニア慰霊巡拝の旅で、父が戦死したであろうという場所でこらえきれず溢れ出た涙を思い出しました。
50年以上経ったその時でも道路も無く小型飛行機と小さいボートなどを乗り継いでやっとのことたどり着いた僻地・地の果てです。
「なんで!こんなとこまで連れてこられて殺されなあかんかったんか?どんなに悔しかっただろう、どんなに無念だったろう。」
私も悔しくて悔しくて涙が止まりませんでした。
一緒に巡拝した18人の”兄弟”たちもそれぞれの父親の最後の地で同じ思いをしました。
「お国の為に」「勝利を信じて」「喜んで」とかは絶対にない。大うそ、国を恨んで、憎んで、悔いて、悲しんで死んでいったことを確信しまた実感しました。
2度とこのようなことは繰り返してはならない!と口では言いながら
このところのこの国はどんどん同じ道へと、あの時の国へと逆戻りしているように感じて、恐ろしくて憂鬱な日々です。
https://www.facebook.com/home.php#!/photo.php?v=589783101071932
17年前に東部ニューギニア慰霊巡拝の旅で、父が戦死したであろうという場所でこらえきれず溢れ出た涙を思い出しました。
50年以上経ったその時でも道路も無く小型飛行機と小さいボートなどを乗り継いでやっとのことたどり着いた僻地・地の果てです。
「なんで!こんなとこまで連れてこられて殺されなあかんかったんか?どんなに悔しかっただろう、どんなに無念だったろう。」
私も悔しくて悔しくて涙が止まりませんでした。
一緒に巡拝した18人の”兄弟”たちもそれぞれの父親の最後の地で同じ思いをしました。
「お国の為に」「勝利を信じて」「喜んで」とかは絶対にない。大うそ、国を恨んで、憎んで、悔いて、悲しんで死んでいったことを確信しまた実感しました。
2度とこのようなことは繰り返してはならない!と口では言いながら
このところのこの国はどんどん同じ道へと、あの時の国へと逆戻りしているように感じて、恐ろしくて憂鬱な日々です。
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