蘇州大学「酔話会」

不問過去的事、在中国生活快楽、交換消息

中国江蘇省蘇州市蘇州大学
高嶺者留学生の談話室

纏足

2012年04月29日 | 学習

中国には不思議な風俗習慣が数多くあるが、その一つである「纏足」について簡単に考証してみようと思う。

纏足(てんそく)」(中国語では、缠足chánzú/裹脚guǒjiǎoと言い、纏足をした足を小脚xiǎojiǎo/三寸金莲sāncùnjīnlián等と言う)

歴史的には、諸説あるようだが、五代十国時代南唐の末代君主であった李(在位961-975年)が足の小さな女性を好んだことから始まったという説が有力。北宋時代(960-1127年)以降、華北を中心に普及が始まり、徐々に拡大し、元朝末から明朝初期に最も盛んになった。但し、主に漢民族の間での習慣で、少数民族や女真族(満州族)には、あまり見られない。清朝の時代に纏足禁止令が出されたが、あまり効果がなく、辛亥革命以降、各地方政府が罰則を強化したことにより下火となり、文革時に反革命行為とされたことによってようやく根絶された。従って、現在でも70歳以上の老人で纏足の人が生存している。

女子が3-6歳になったころ、裹脚布と呼ばれる木綿の布で足を縛り、発育を押さえながら整形する。第一段階では親指以外の4本指を内側に曲げ、第二段階では足の甲を縦に曲げていく。約2年かけて整形が完了するが、その後も、3日毎に消毒するなどして生涯にわたって縛り続ける。纏足を施した足はハイヒールのような形状になる。

纏足の風習が流行した理由としては、足の小さいことが女性の魅力・女性美とされていたこと、女性の歩行を困難にすることで貞節を維持しやすくすること、バランスを保つために内股の筋肉が鍛えられ局部の筋肉も発達すると考えられたこと等がある。一時期は纏足を施していない女性には嫁の貰い手が無いとまで言われた。

写真やイラストでもわかるように、決して美しいものではないと思うのだが、このような悪しき風習が最近まで脈々と続いていたことには驚きを禁じ得ない。皆さんはいかがでしょうか?(文責:y)


猫談義

2012年04月28日 | つぶやき

 本ブログは蘇州の話題が中心だが、旅に出たりするとつい自分ばなしに走る。縁のないひとの自分ばなしには食指が動かないのはあたりまえ。ブログアクセス数からもなっとく。そこで、世間ばなしに立ちもどって、大風呂敷を広げてみた。賛否コメント歓迎。

  猫がカンボジア国籍を取得し、ロンドンオリンピックマラソン種目での出場をかけてチャレンジ。こんなチャレンジは地球的にはめずらしいことではない。特に、オリンピック開催国のスポーツ団体は、今後の勢力拡大をかけて外国選手をスカウトし、自国籍を授けてメダル獲得をねらう。ロンドンオリンピックを控えて、2005年以降に英国籍を授けられて、出場権を獲得した外国選手は、英国代表500人のうち一割にのぼるという。

競技種目そのものが、ひとつの産業であり、そこに金が集まり、選手が集まる。否、国そのものが威信をかけてメダル獲得に狂奔する。日本の国体でも、開催県はふるさと選手はもちろん、他県出身選手も勧誘して県民として出場させ、天皇杯、皇后杯をねらう。

スポーツには、人心を高揚させる要素が多分にある。人心が高揚すれば、国はまとまりやすい。政治家はそこをねらう。また、ある競技種目でメダル獲得が増えれば、その競技の人気が高まる。見る人、やる人が増える。自ずと金が集まる。投資家はそこをねらう。

一方、競技選手の観点からすると、メダル獲得は個人の名誉にもなり、金もついてくる。特に祖国愛にこだわる選手を別にすれば、どの国から出るかではなく、選手として、先ずどうやったらオリンピックに出れるか、どうやったらいい条件で練習に打ち込めるか。どう動いたら金になるか。を考えるのは、いまどきふつうであろう。

猫の場合日本代表にはなれるはずもない中で、なんとかオリンピックに出たいとの思いに取りつかれ、自分の本業にもプラスになり、チャレンジ精神も満足させてくれるやり方を模索したあげくカンボジアにたどりついた。猫はなかなかりこうだし、かわいげがある。

 さて、企業は国境を越えてグローバル化の一途。多国籍企業が目白押し。法人がそっちに走る中で、個人のグローバル化、多国籍化は? 国によって国籍法が異なるので、受入国側も外国企業を誘致するほどハードルを下げてくれない。それでも、優秀なスポーツ選手、芸能人、学者たちは歓迎される。こうやってどんどんハードルを下げていって、国境の垣根を穴だらけにしていったら、国境警備隊もいらないし、国境紛争もないし、グローバル化の先に地球大団円の世界が見えてこないか?と夢想したりする。z


済南記

2012年04月24日 | 旅行

一週間済南へ行ってきました。故郷山口県と山東省の友好三十周年記念行事取材というか、山東電視台との打ち合わせというか。忙しかったけど、よく呑み、よく唄い?第2?第3か?(5年も学んだ?蘇州がある)のふるさとを満喫して、、、、、、きました。先ずは「済南記」孔子さまから。

孔子さま

山口県山東省友好提携30周年の記念活動を見るべく、30年ぶりに済南へ来た。蘇州北駅9:34発北京行き高鉄に乗車3時間20分、車内で上海から済南へ行く老夫婦と娘二人の4人と同席した。老人は86歳、済南の生まれ、従軍して、老後上海の娘のところで世話になっている。1926年生まれだから1928年の済南事件の時は二歳。終戦が45年だからまだ19歳。老人が戦ったのは、国民党との戦い。山東省には王震、白如冰など有名な革命軍の将軍がいた。ためしに聞いてみたら二人とも知っていた。実は、ぼくも王震には北京の中日友好協会で、白如冰には山東省代表団団長とした来日の際、会っている。白如冰には大谷山荘の温泉で肩を貸して一緒に風呂にも入った。実は白如冰は開放戦争で右足に銃弾を受け、風呂はすべるのであぶない。上海の老人は革命烈士の墓を詣で、かっての戦友を慰霊するのだという。抗日戦争の方でなくてよかったと、ホッと胸をなでおろした。

娘二人が普通料金で列車の切符を手配したのを知ると、老人は退役軍人の赤い手帳を出して、これを見せれば半額なのにと、言っていた。まだかくしゃくとしている。

12:53済南西駅着。バスで市内へ向かう。高鉄は去年開通したばかりなので、済南西駅前はまだ開発中。157路バスに乗って市内へ。途中営市西街で117路バスに乗り換え。混んでいた。乗るとすぐ、若い人が席を譲ってくれる。見ていると、若い人はほかの老人にもみなそうしている。となりの中年の人に「ここではみなあんなにするの?」と聞いたら「孔子の里ですからねえ。孝順はあたりまえですよ」。「これはいい土地に来た」と言ったら、「楽しんでいってください」と名詞をくれた。中国古籍発掘管理委員会主任趙立兵とある。孔子の教えがすぐ出てくるはずだ。兵役に行ったんですか?と冗談を言うと。名前だけですと笑っていた。

30年前は自転車だらけだった街も今は車で渋滞。バスが市内に入ると高層ビルの群れ。国体をやった体育館、博物館など最近建ったビルは中国各省の施設のうち、規模最大。山東大漢といって、山東人はたけが大きいことを言うが、とにかく大きいことは好き、建物の規模も全国一が自慢。

バスを降りると山東師範大学直営のホテルにチェックイン。フロントの対応が感じがいい。サービス業だから当然と言えば当然だが、それを言うと、「孔子の里ですから」という答えが返ってきた。ここでもか。孔子は二千五百年経っても住む人の心に伝わっている。孔子廟は何度も立て替えられたし、形のあるものは、うつろっても、こころは確実に伝承される。形而上は形而下よりも強し。

翌日夕方、泉城公園に行った。この公園は周囲4kmもある。「中に日本庭園雅あるはずだが」と庭掃除の老人に尋ねると「案内しよう」と箒を置いて先にたって歩き始めた。20分も歩いたころ、前方に錦帯橋の模型がかかった池が見えた。これは、案内してもらわないとたどりつけない。孔子は親切を教えていたのかな?そう言うと老人は笑って、帰って行った。

翌翌日山東電子台交流室長に招待された。その席の話題。「日本ではサラリーマンが仕事帰りに仲間で呑む時の話題ナンバーワンは上司の悪口でしょう」。室長曰く「ここでは、本人が居ないところで陰口は言いませんよ。孔子の教えに、、、、、」まいったまいった!山東省にはでかい建物がたくさんあるが、いちばんでかいのは、やはり孔子さま。 z

 


考試

2012年04月16日 | 酔話会からお知らせ

今週は、中間考試があります。星一、星二、は休校で、皆さんは、どの様にお過ごしですか?。

テストが終われば、残り半分。早いですねー。もう二ヶ月で今学期もおわり、行く人、来る人が、

いるわけですが、酔話会は、五月、六月、それぞれ予定しています。

T,O,N,さん、近況をUPして。寝たふり牢人より。


はじめてのおつかい

2012年04月11日 | つぶやき

火车票网上ゲット記

今日ゲット。ハウツーものにしようか、「はじめてのおつかい」ものにしようか、迷ったが、とりあえず、感動があらたなうちに、後者でいく。ネット音痴のぼくが困っていた。怪鳥のKがウエンエヴァー検索術情報をくれた。Yが「中国の鉄道切符をネットで予約購入する」ウェブ情報(www.12306.cn)をくれた。

ぼくがかかえていた問題:友達が日本から山東省経済南に来る。ぼくが迎えに行く。20日に一緒に蘇州へ帰って来る。済南―蘇州の高鉄切符はいつも満席。当日は買えそうにないので、売り出しの4月11日には、確保しておきたい。

パスポート現物がなければ切符は買えない:十全街の切符売り場へ行ったが、友人のパスポート番号を示しても、現物がなければ、売ってくれない。唯一、PP番号だけで買えるのは、ネット購入。そこで、ネット購入に挑戦。

ネット購入前段の準備:料金払い込みが前提。従って、例えば中国銀行ネット口座を開設していることが必要。幸いぼくは、航空券ネット購入の際開設した口座あり。火車の切符ネット購入は会員登録が必要。これは、友人のもすべてぼくのケイタイ番号とメールアドレスなどを使って模像(偽造ではない)。要はPP番号と生年月日があれば、なんとか模像できる。

問題点:会員一人が同列車一枚しか買えないので、友人の分は再度ネット申し込みしなくてはならない。時間差が生じるので、隣席確保の保証はない。乗車後席を替わってもらうしかない。空席が少ない場合、一人は席が確保できても、次が買えない場合もある。数人以上の場合は、場合によっては列車さえバラバラになる。

綱渡り:11日午前9時、20日の切符前売りネット解禁。あろうことか、午前9時、当日の済南―蘇州高鉄2等切符全部売り切れ。ねばって午後2時、キャンセルがでたのか、経済南西15:44発2等席3席空席の情報キャッチ。直ちにアクセス。ネット支払い終了して1席ゲット。一席では役にたたない。あと1席。あせる。続いてアクセス。ゲット。支払いもOK。席番号を見たら、並び席。ツイてた。このツキを大事にしたい。くじでも買うか。

 いま、ひとり祝杯をあげながら、ブログ投稿している。

 思うに、いい友が情報をくれた。チャレンジしてみた。「はじめてのお使い」ができた。

 はじめてだからこそ、感動がある。そばに、酒もある。

 

中国鉄道局客戸服務中心からメールが来た。

您的订单号码:E174645251,祝您旅途愉快!つたわるかな?この、、、。z


4月例会報告

2012年04月07日 | 酔話会からお知らせ

4月6日、いつもの淮揚面館にて、酔話会4月例会が開催されました。

参加メンバー:片山、長沼、前田、澤村、河田、宮木、宮崎、矢部の8名(敬称略)。

料理はいつも通りでしたが、会長の日本土産(金箔入り日本酒、焼メザシ、沢庵等)、河田氏の日本土産(焼酎)が加わり、いつもより豪華なメニューとなりました。やはり日本の酒は美味い。本来は満開の桜の木の下で花見酒といきたいところですが、ここは中国、そんなことをしていると警察が飛んできて逮捕されかねません。

気が早い話ですが、学院のクリスマスパーティーには酔話会として出演しようと盛り上がりました。当然メインは長さんのギターですが、おちゃらけで澤村・矢部の対口相声(掛け合い漫才)もいいかな等と、実力もないのにやる気満々。準備時間はたっぷりあるので、まだまだアイデアが出てきそうです。老人パワーを若い学生や老師に見せつけてやろうではありませんか。
(文責:y)

下記の写真は、蘇州大学構内、“東呉橋(本部と東校区を結ぶ橋)”のたもとにある桜(ソメイヨシノ)。
(2012年4月7日午後撮影)

    


インターネツト

2012年04月03日 | 酔話会からお知らせ

4月になりまし。日本では、サクラさくの話題です。なを世間一般では新年度の始まりとかで、メディア関係も番組編成が頻繁に行われています。とおもいつつホームページを見にきたら、

、、、、、。あら、、ら、、変わってない、コメントもない。で何かオモシロイことでもと、考えながらない知恵をしぼってみたが、、、やはりナイモノはない。無、没、無門題、没ウエンテイ(漢字わすれた)

没かんしー、没バンフアー。私事ですが4月4日回蘇です。

4月6日(金)酔話会を開催します。

真夜中に田舎のネツトカフエより怪長。