さすらいの二人 - IL REPORTER -
1974年 124分 イタリア/フランス/スペイン
監督 ミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioni
製作 カルロ・ポンティ
脚本 ミケランジェロ・アントニオーニ
マーク・ペプロー
ペーター・ワレン
撮影 ルチアーノ・トヴォリ
音楽 イヴァン・ヴァンドール
出演
ジャック・ニコルソン
マリア・シュナイダー
イアン・ヘンドリー
ジェニー・ラナカー
取材に同行した妻
大統領に取材後、車の中での会話
「不満なんだろ?」
「ええ、事実を知りながら、白々しい会話ね.大統領に言えば?」
「嘘つきと?」
「ええ」
「分ってても規制がある」
「守る必要ないわ」
「じゃ、なぜ来た?」
妻の言うように、相手が嘘を言っているのが分っていながら聞いているのは、報道記者としてあるまじき行為に思えたけれど、けれども、嘘つきと批判しても、そこから真実が見つかるわけでもなさそうに思える.
ロックは、大統領が嘘を言っているのが分っていたので、その嘘を暴くために、反政府組織のゲリラを取材することにした.それが映画の始まりであり、彼は必死にゲリラの姿を追い求めたのだけれど、
「ゲリラは何人いる?」「行けば分る」
「どんな武器がある?」「行けば分る」
やっとたどり着いた案内役の男の言葉を信じて、岩山を4、5時間歩いた結果は、山の上の岩陰から数人のゲリラの姿を眺めるだけで、取材することは出来なかった.
帰り道、車は砂漠に埋まって動かなくなる.何もかもうまく行かない.ふらふらになって歩いてホテルに帰り着き、シャワーを浴びようと思っても石鹸もなかった.
ホテルの隣の部屋の男が死んでいた.自分と容姿が良くにている.何もかも嫌になったロックは、自分の全ての過去を捨て、死んだ男と入れ替わることにしたのだが、それは死んだ男の現在を引き継ぐことでもあった.そして、その男は皮肉にも自分が報道記者として追い求めていた、反政府ゲリラに武器を売り渡していた人物であったため、結局彼は、自分の過去を捨て去ることは、出来なかったようだ.
夫の死に疑問を抱いた妻と、彼の仕事の依頼人であるテレビ局のディレクターは、彼を必死に追跡してきた.同時に、武器密売人に成り代わった彼を抹殺しようと、政府が差し向けた暗殺者も追ってきた.彼は、捨て去ろうとした過去からも、現在からも追われていたのか?
建築を学ぶ女の子
河原にて
「なぜ付いてくる?」と、つっけんどんに言われた、彼女は腹を立てたのでしょう、
「諦めるのは嫌い、頑張って」と言い残し、すたすた歩いて行く.
「何をだ?」と聞いた、ロックだったのだが.
ホテルのレストランにて
妻が遺品を受け取りに行った時、自分がテレビ局を通じてロバートソンを捜していることを話してしまったため、政府の差し向けた暗殺者は妻の後を追うようにして、ロックを追ってくることになった.
レストランで食事をしていると警察がやってきた.白い車を捜しているという.「捜しているのは車か、乗っている者か?」、半ば強引に女の子が警察へ出向いた.
「ロバートソンを捜しているわ.レーチェル・ロックと言う女性が.彼の身が危険ですって」
「どんな危険だ?」
反政府組織の人間は、「政府の妨害により身に危険が及ぶおそれがある.その時は手助けをする」と言っていたのだけど、ロックには理解できなかったのだろうか?.
そして、アルメリアのホテルで、ロックは妻と鉢合わせをする.電話をしていた妻も逃げ出すロックに気がついて、警察に頼んでロックを追ってくるのだが、ロックは必死に逃げ回るだけだった.
妻は自分が死んだと思っているはずなので、顔を合わせたくないのは分るが、自分から頼んで助けてもらった女の子に対して、一人で去って行こうとした時、追いかけて引き留めた女の子に対して、なぜ彼は、追ってくるのは妻だと話すことが出来なかったのか?.
車が故障して、バス停にて
「聞いて、逃げ回るのは良くないわ.待ち合わせに行って」
「ほかの場所と同じだ、誰も来ない」
「ロバートソンは何かを信じて、会う約束をしたのよ.あなたはそれを捜している」
「彼は死んだ」
「あなたは生きている.二人で行くのよ」
結局は三日後に待ち合わせて、海の向こうで落ち合うことにした二人だったが、彼女は反政府組織の者との待ち合わせのホテルで、ロックを待っていた.
「(窓の外に)何が見える」
「少年とおばあさん、どっちに行くかもめてるわ」
「来るなんて」
彼はベットに寝そべり、窓の外を眺める女の子に聞く.
「今度は何が見える?」
「男が肩を掻いてるわ」
「子供が石と砂を投げてるわ」
見たままを、ありのままに答える彼女.
やがて、約束通り一人で先に行くように言われ、彼女はどうしようか迷いながらも部屋を出る.そして入れ替わるようにやってきた暗殺者に、彼は殺された.
警察と妻も、すぐにやってきた.
「ロバートソン氏は?」
「部屋にいます」
「案内しろ」
「奥さんが隣の部屋に」
「知ってる人か?」と聞かれ、妻は幾年も連れ添ってきた相手のはずなのに、「知らない」と答えた.それに対して、旅の偶然の出会いに過ぎない女の子は「知っている」と答えた.
本当の妻は、妻であることを隠し、知らない人ですと、嘘の答えをした.
偽物の妻、嘘の妻の女の子は、知ってる人ですと、本当のことを答えた.
夫は、死んだ武器密売人の男に成り済ましていた.そして、政府の派遣した暗殺者に殺された.この時、妻には、全てが明瞭に分っていたはずである.妻が本当のことを言いさえすれば、全てが明かになったのだが.
女の子は、後からロックがやって来るはずのホテルで、自分が妻である言って部屋を取り待っていた.女の子が妻だと嘘を言わず、単に知り合いの男が来ると言って部屋をとっていたならば、どうであっただろうか?.
女の子が妻だと言ったので、本当の妻は、知らない人だと言ったのではないのか?.
妻は、テレビ局のディレクターが、夫の追悼番組をやると言ったときは、興味が無いというよりは、並の記者よと夫を軽蔑していて、そんな番組は見たくもない、なぜやるのといった雰囲気だった.突然の出来事なので、初めはなんとなく夫の死に疑問を抱いたに過ぎなかったけれど、けれども、遺品を受け取りに大使館に出掛けたりしている内に、疑問は次第に深まっていったのであろう.自らテレビ局に出掛けて、夫が残したフィルムを見るようになっていた.訳の分らない祈祷師のインタビュー、ショッキングな銃殺のシーン、それらを見ている内に、記者としての夫への彼女の評価は変化していっていたのかもしれない.
妻は、初めはなんとなく夫の死に疑問を抱いたに過ぎなかったが、遺品のテープに残された二人の男の会話を聞きながら、写真の張り替えられたパスポートを見て、夫が生きているのではないかと、かなりの確信を持って追ってきたのであろう.危険を知らせるために必死に追ってきたはずであり、真実を伝えるために追ってきたと言ってもよいはずである.けれども死んでいる夫を見たときには、一度は死んだと思った人間が、本当に死んでいたに過ぎなかったのだろうか?.
妻は浮気相手と一緒になりたかったから、夫が居なくなってくれた方が都合がよかったことでもあり、自分が妻だという女の子がそこにいるのに、今更、自分が妻だと言って、言い争うような気にはなれなかったであろう.
嘘が嘘を呼び、何も分からなくなってしまった.女の子にしてみればロックのことを思うが故の、他愛のない嘘に過ぎなかったのだが、彼女がそんな嘘をつくことになったのは、ロックが事実をありのままに彼女に話さなかったためである.追ってくるのが妻だとロックが話していれば、女の子は逃げずに妻に会うように勧めたはずであり、こんなことにはならなかったと言える.
別れたいと思っていた妻には全てが分り、妻になってもよい、あるいは妻になりたいと思っていたのであろう、女の子にはなにも分からない結果になってしまった.
真実を追い求めるには、単に、事実をありのままに伝えること、それが一番大切である.
「何をするにしても、自分は自分だ」
「何をするかに依るわ」
それなりに才能を持った人間には、自分にふさわしい生き方がある.
「頑張ってね」と、女の子は言った.
そして、「二人で行くのよ」と、探し求める相手に一緒に会いに行こうと言った.
彼女は、彼を理解する、理解しようとする、若くて可愛らしい女の子だったのだけど.
誰でも他人のことだと真実を知りたがるのに、自分のこととなると真実を話そうとしない.自分にとって都合の悪いことは誤魔化そうとする.ロックもやはりそう.記者として真実を追い求める仕事をしていたけれど、助けてもらった女の子に真実を話したとは言えない.良心の呵責からか、旅行の行き先を変更して、死んだ男が約束していたバルセロナへと、やってきた彼ではあったのだが、誤解されて、武器密売に関わる大金を受け取ったことは話さなかった.追ってくるのが妻だと知ってからも、話そうとはしなかった.
話しもしたくない妻と、離婚だのなんのと煩わしい話をしなくても別れられる、そう思って、他人に成り代わった彼であったろうが、自分が逃れようとした煩わしさに追い回されることになってしまった.女の子が言ったように、逃げ回るのはよくない、逃げようとしなければこんなことにはならなかったはずである.
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祈祷師
「昨日聞いた話によると、あなたは祈祷師として育てられたとか
フランスやユーゴで数年過ごした経歴は、祈祷師として異例だ
部族習慣への考え方が、変わりましたか?
土着の風俗習慣は、弊害だと思いませんか?」
「ロックさん、君が満足する答えを言うことは出来るが、
君は理解できず、答えから学びもしない
君の質問は、君自身をよく表わしている
私の答えが、私自身を表わす以上に」
「素直に聞いただけです」
「我々が語り合えるとすれば、君が素直な心で物事を考え
私が、その誠意を信じる時だけだ」
「その通りですが」
少し言い換えてみると、
『祈祷師というものは、土着の風俗習慣に根差したものであり、文明社会とは相容れない.文明社会で暮したことのあるあなたは、その事をどう考えるのか?』
もっと端的に言って、
『祈祷師などというものは、文明社会から見れば嘘つきに過ぎない.文明社会で暮したことがあるあなたには、よく分っていることと思うが、どうなのか?』
『お前は俺に対して嘘つきというのだから、俺が何を話してもお前は信じないはず.話して無駄だ』
聞いた方が聞いた方なら、答えた方も答えた方、どっちもどっち.それはそれとして、この祈祷師、都合の悪いことを聞かれたので、自分が答えない理由を相手のせいにして、何も答えなかったに過ぎないのではないか.お前が素直じゃないから、俺も素直になれない、と言うのなら、相手の素直な心を引き出すには、先に自分が素直になるべきであるはず.
1974年 124分 イタリア/フランス/スペイン
監督 ミケランジェロ・アントニオーニ Michelangelo Antonioni
製作 カルロ・ポンティ
脚本 ミケランジェロ・アントニオーニ
マーク・ペプロー
ペーター・ワレン
撮影 ルチアーノ・トヴォリ
音楽 イヴァン・ヴァンドール
出演
ジャック・ニコルソン
マリア・シュナイダー
イアン・ヘンドリー
ジェニー・ラナカー
取材に同行した妻
大統領に取材後、車の中での会話
「不満なんだろ?」
「ええ、事実を知りながら、白々しい会話ね.大統領に言えば?」
「嘘つきと?」
「ええ」
「分ってても規制がある」
「守る必要ないわ」
「じゃ、なぜ来た?」
妻の言うように、相手が嘘を言っているのが分っていながら聞いているのは、報道記者としてあるまじき行為に思えたけれど、けれども、嘘つきと批判しても、そこから真実が見つかるわけでもなさそうに思える.
ロックは、大統領が嘘を言っているのが分っていたので、その嘘を暴くために、反政府組織のゲリラを取材することにした.それが映画の始まりであり、彼は必死にゲリラの姿を追い求めたのだけれど、
「ゲリラは何人いる?」「行けば分る」
「どんな武器がある?」「行けば分る」
やっとたどり着いた案内役の男の言葉を信じて、岩山を4、5時間歩いた結果は、山の上の岩陰から数人のゲリラの姿を眺めるだけで、取材することは出来なかった.
帰り道、車は砂漠に埋まって動かなくなる.何もかもうまく行かない.ふらふらになって歩いてホテルに帰り着き、シャワーを浴びようと思っても石鹸もなかった.
ホテルの隣の部屋の男が死んでいた.自分と容姿が良くにている.何もかも嫌になったロックは、自分の全ての過去を捨て、死んだ男と入れ替わることにしたのだが、それは死んだ男の現在を引き継ぐことでもあった.そして、その男は皮肉にも自分が報道記者として追い求めていた、反政府ゲリラに武器を売り渡していた人物であったため、結局彼は、自分の過去を捨て去ることは、出来なかったようだ.
夫の死に疑問を抱いた妻と、彼の仕事の依頼人であるテレビ局のディレクターは、彼を必死に追跡してきた.同時に、武器密売人に成り代わった彼を抹殺しようと、政府が差し向けた暗殺者も追ってきた.彼は、捨て去ろうとした過去からも、現在からも追われていたのか?
建築を学ぶ女の子
河原にて
「なぜ付いてくる?」と、つっけんどんに言われた、彼女は腹を立てたのでしょう、
「諦めるのは嫌い、頑張って」と言い残し、すたすた歩いて行く.
「何をだ?」と聞いた、ロックだったのだが.
ホテルのレストランにて
妻が遺品を受け取りに行った時、自分がテレビ局を通じてロバートソンを捜していることを話してしまったため、政府の差し向けた暗殺者は妻の後を追うようにして、ロックを追ってくることになった.
レストランで食事をしていると警察がやってきた.白い車を捜しているという.「捜しているのは車か、乗っている者か?」、半ば強引に女の子が警察へ出向いた.
「ロバートソンを捜しているわ.レーチェル・ロックと言う女性が.彼の身が危険ですって」
「どんな危険だ?」
反政府組織の人間は、「政府の妨害により身に危険が及ぶおそれがある.その時は手助けをする」と言っていたのだけど、ロックには理解できなかったのだろうか?.
そして、アルメリアのホテルで、ロックは妻と鉢合わせをする.電話をしていた妻も逃げ出すロックに気がついて、警察に頼んでロックを追ってくるのだが、ロックは必死に逃げ回るだけだった.
妻は自分が死んだと思っているはずなので、顔を合わせたくないのは分るが、自分から頼んで助けてもらった女の子に対して、一人で去って行こうとした時、追いかけて引き留めた女の子に対して、なぜ彼は、追ってくるのは妻だと話すことが出来なかったのか?.
車が故障して、バス停にて
「聞いて、逃げ回るのは良くないわ.待ち合わせに行って」
「ほかの場所と同じだ、誰も来ない」
「ロバートソンは何かを信じて、会う約束をしたのよ.あなたはそれを捜している」
「彼は死んだ」
「あなたは生きている.二人で行くのよ」
結局は三日後に待ち合わせて、海の向こうで落ち合うことにした二人だったが、彼女は反政府組織の者との待ち合わせのホテルで、ロックを待っていた.
「(窓の外に)何が見える」
「少年とおばあさん、どっちに行くかもめてるわ」
「来るなんて」
彼はベットに寝そべり、窓の外を眺める女の子に聞く.
「今度は何が見える?」
「男が肩を掻いてるわ」
「子供が石と砂を投げてるわ」
見たままを、ありのままに答える彼女.
やがて、約束通り一人で先に行くように言われ、彼女はどうしようか迷いながらも部屋を出る.そして入れ替わるようにやってきた暗殺者に、彼は殺された.
警察と妻も、すぐにやってきた.
「ロバートソン氏は?」
「部屋にいます」
「案内しろ」
「奥さんが隣の部屋に」
「知ってる人か?」と聞かれ、妻は幾年も連れ添ってきた相手のはずなのに、「知らない」と答えた.それに対して、旅の偶然の出会いに過ぎない女の子は「知っている」と答えた.
本当の妻は、妻であることを隠し、知らない人ですと、嘘の答えをした.
偽物の妻、嘘の妻の女の子は、知ってる人ですと、本当のことを答えた.
夫は、死んだ武器密売人の男に成り済ましていた.そして、政府の派遣した暗殺者に殺された.この時、妻には、全てが明瞭に分っていたはずである.妻が本当のことを言いさえすれば、全てが明かになったのだが.
女の子は、後からロックがやって来るはずのホテルで、自分が妻である言って部屋を取り待っていた.女の子が妻だと嘘を言わず、単に知り合いの男が来ると言って部屋をとっていたならば、どうであっただろうか?.
女の子が妻だと言ったので、本当の妻は、知らない人だと言ったのではないのか?.
妻は、テレビ局のディレクターが、夫の追悼番組をやると言ったときは、興味が無いというよりは、並の記者よと夫を軽蔑していて、そんな番組は見たくもない、なぜやるのといった雰囲気だった.突然の出来事なので、初めはなんとなく夫の死に疑問を抱いたに過ぎなかったけれど、けれども、遺品を受け取りに大使館に出掛けたりしている内に、疑問は次第に深まっていったのであろう.自らテレビ局に出掛けて、夫が残したフィルムを見るようになっていた.訳の分らない祈祷師のインタビュー、ショッキングな銃殺のシーン、それらを見ている内に、記者としての夫への彼女の評価は変化していっていたのかもしれない.
妻は、初めはなんとなく夫の死に疑問を抱いたに過ぎなかったが、遺品のテープに残された二人の男の会話を聞きながら、写真の張り替えられたパスポートを見て、夫が生きているのではないかと、かなりの確信を持って追ってきたのであろう.危険を知らせるために必死に追ってきたはずであり、真実を伝えるために追ってきたと言ってもよいはずである.けれども死んでいる夫を見たときには、一度は死んだと思った人間が、本当に死んでいたに過ぎなかったのだろうか?.
妻は浮気相手と一緒になりたかったから、夫が居なくなってくれた方が都合がよかったことでもあり、自分が妻だという女の子がそこにいるのに、今更、自分が妻だと言って、言い争うような気にはなれなかったであろう.
嘘が嘘を呼び、何も分からなくなってしまった.女の子にしてみればロックのことを思うが故の、他愛のない嘘に過ぎなかったのだが、彼女がそんな嘘をつくことになったのは、ロックが事実をありのままに彼女に話さなかったためである.追ってくるのが妻だとロックが話していれば、女の子は逃げずに妻に会うように勧めたはずであり、こんなことにはならなかったと言える.
別れたいと思っていた妻には全てが分り、妻になってもよい、あるいは妻になりたいと思っていたのであろう、女の子にはなにも分からない結果になってしまった.
真実を追い求めるには、単に、事実をありのままに伝えること、それが一番大切である.
「何をするにしても、自分は自分だ」
「何をするかに依るわ」
それなりに才能を持った人間には、自分にふさわしい生き方がある.
「頑張ってね」と、女の子は言った.
そして、「二人で行くのよ」と、探し求める相手に一緒に会いに行こうと言った.
彼女は、彼を理解する、理解しようとする、若くて可愛らしい女の子だったのだけど.
誰でも他人のことだと真実を知りたがるのに、自分のこととなると真実を話そうとしない.自分にとって都合の悪いことは誤魔化そうとする.ロックもやはりそう.記者として真実を追い求める仕事をしていたけれど、助けてもらった女の子に真実を話したとは言えない.良心の呵責からか、旅行の行き先を変更して、死んだ男が約束していたバルセロナへと、やってきた彼ではあったのだが、誤解されて、武器密売に関わる大金を受け取ったことは話さなかった.追ってくるのが妻だと知ってからも、話そうとはしなかった.
話しもしたくない妻と、離婚だのなんのと煩わしい話をしなくても別れられる、そう思って、他人に成り代わった彼であったろうが、自分が逃れようとした煩わしさに追い回されることになってしまった.女の子が言ったように、逃げ回るのはよくない、逃げようとしなければこんなことにはならなかったはずである.
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祈祷師
「昨日聞いた話によると、あなたは祈祷師として育てられたとか
フランスやユーゴで数年過ごした経歴は、祈祷師として異例だ
部族習慣への考え方が、変わりましたか?
土着の風俗習慣は、弊害だと思いませんか?」
「ロックさん、君が満足する答えを言うことは出来るが、
君は理解できず、答えから学びもしない
君の質問は、君自身をよく表わしている
私の答えが、私自身を表わす以上に」
「素直に聞いただけです」
「我々が語り合えるとすれば、君が素直な心で物事を考え
私が、その誠意を信じる時だけだ」
「その通りですが」
少し言い換えてみると、
『祈祷師というものは、土着の風俗習慣に根差したものであり、文明社会とは相容れない.文明社会で暮したことのあるあなたは、その事をどう考えるのか?』
もっと端的に言って、
『祈祷師などというものは、文明社会から見れば嘘つきに過ぎない.文明社会で暮したことがあるあなたには、よく分っていることと思うが、どうなのか?』
『お前は俺に対して嘘つきというのだから、俺が何を話してもお前は信じないはず.話して無駄だ』
聞いた方が聞いた方なら、答えた方も答えた方、どっちもどっち.それはそれとして、この祈祷師、都合の悪いことを聞かれたので、自分が答えない理由を相手のせいにして、何も答えなかったに過ぎないのではないか.お前が素直じゃないから、俺も素直になれない、と言うのなら、相手の素直な心を引き出すには、先に自分が素直になるべきであるはず.