『にごりえ』 (公開 1953年11月23日 130分 今井正)
製作 伊藤武郎
監督 今井正
原作 樋口一葉
脚色 水木洋子
井手俊郎
撮影 中尾駿一郎
美術 平川透徹
録音 安恵重遠
音楽 弾伊球磨
編集 宮田味津三
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第一話『十三夜』
出演 丹阿彌谷津子
芥川比呂志
田村秋子
三津田健
車屋は暗い夜道で、もう仕事とは嫌になったから、ここで降りてくれと言った.けれども、すぐに思い直して、自分が悪かったと詫びたのだった.
そして、互いに今一度会いたかった二人であるのに気がついた.好きだった娘が、何も言わずに別の男と結婚をしてしまい身を持ち崩してしまった男.彼は、会って話をしたかった、真実を知りたかったのだけど出来ずにいたのだが、再会を出来て話をする事により、相手の娘の気持ちを知り、相手の娘の言葉によって勇気づけられることになった.車屋は、会えなくなってから自分が身を持ち崩した出来事を、包み隠さず話しました.話の内容は、自分にとって辛いだけでなく、聞いている相手にとっても、辛いことであったのですが包み隠さず話しました.そして、『元のあなたに戻って欲しい』と、娘が差し出したお金を、『ありがとう』とお礼を言って、男は素直に受け取って、二人は別れました.
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第二話『大つごもり』
出演 久我美子
中村伸郎
滝岡晋
長岡輝子
荒木道子
放蕩者の若旦那は、後妻の母親が、行く行くは自分の実の娘に養子を取り、家督を継がせようと考えていて、自分が邪魔なことを良く知っていた.金の無心に帰ってきた彼は、用があるのは金を貰う必要がある父親だけであった.だから、そんな母親とは話しもしたくないので、自分が寝ている部屋へ、お峰と母親がやってきても狸寝入りを続けていたようだ.
「ああ忙しい、忙しい、誰か暇な人の身体を半分借りたいものだ」と、母親は寝ている若旦那を見ながら言ったのだけど、母親も若旦那が狸寝入りをしているのに気がついていて、聞こえよがしに嫌みを言ったのだと思える.だとすれば、あの時、母親に約束のお金を借りようとして、嫌みな言葉で断られ、お峰が困窮していることを若旦那は知っていたことになる.
原作の言葉を借りれば、お峰はどんな処罰を受けることも覚悟で、自分が金を盗んだことを話そうとした.話そうとしたときに、お金の代わりに若旦那の置き手紙が出てきて、お峰は救われることになりました.この結末を、お峰の優しい心、優しい行いが報われることになったと言う人がいますが、本当にそうなのでしょうか.
確かに、あの時、お峰が安堵の気持ちを抱いたの間違いないのですが、私の善行が報われたと、お峰が考えたとは思えません.もしそうならば、お金を盗んでしまった事以上に、浅はかな考えであったと言えます.
お峰は、若旦那の寝ている部屋に炭を足しにやってきて、一度は躊躇いながらも、若旦那の寝ていることを確かめてからお金を盗みました.『きっと、あの時、若旦那は自分がお金を盗むのを見ていたに違いない.若旦那は自分を救うためにお金をとって、そして置き手紙を残していったに違いない』お峰はこう考えたのではないか.そして、『若旦那に本当のことを聞いてみたい、若旦那の優しい心を確かめて、お礼を言いたい』、お峰はこのように考えたのだと思われます.
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原作の最後の部分、青空文庫をお借りします.
お峰が引出したるは唯二枚、殘りは十八あるべき筈を、いかにしけん束のまゝ見えずとて底をかへして振へども甲斐なし、怪しきは落散(おちちり)し紙切れにいつ認めしか受取一通。
(引出しの分も拜借致し候 石之助)
さては放蕩かと人々顏を見合せてお峰が詮議は無かりき、孝の餘徳は我れ知らず石之助の罪に成りしか、いや/\知りて序に冠りし罪かも知れず、さらば石之助はお峰が守り本尊なるべし、後の事しりたや。
(明治二十七年十二月「文學界」 明治二十九年二月「太陽」再掲載)
『後の事しりたや』、この言葉が原作の最後の言葉です.映画でこの言葉を描ききれているかというと、残念ながら全く描けていないのではないか.映画を見ても解らなかったので、原作を読んで考えたことへの言い訳と受け取られても、否定はしませんが、金をせしめた若旦那が家を出るとき「お帰りですか」と言うお峰に、「(ここは俺の家だ)帰るんじゃない、出かけるんだと」と言い放った若旦那の言葉から、若旦那は間違いなく、また家に戻ってきてお峰に会ったはずと考えれば、原作の最後の言葉『後の事しりたや』がいかなる意味を持つのか、しっかり描く必要があったと考えられます.
それはさておき、『後の事しりたや』とは、樋口一葉は、この後がどうなったであろうか考えて欲しい、と書いて、作品を終えていると言えます.その後、若旦那が帰ってきたときに、きっと、お峰は、真実を若旦那に聞いたことでしょう.
原作の最後の部分
引き出しの中にお金が無く、代わりに石之助の書き置きが残っていた.それを見て母親も父親も、また放蕩息子がお金を取っていったと思い、お峰は詮議されることはなく済んでしまったのだが.お峰が育ての親につくした恩恵は、知らない内に石之助の罪になってしまったのか、いやいや、石之助は知っていて、お峰を守るために罪を被ったのかも知れない.後の事しりたや.
お峰
『あなたがお金を取る前に、私がお金を盗みました.けれども皆はあなたが全部のお金を取ったように思っています.私、どの様にお詫びしたらよいのか.....でも、本当は、あなたは私がお金を盗んだのを知っていて、私を救うために、自分が全部のお金を取ったように思わせる書き置きを残しておいたのでしょ.だとしたら、私はなんとお礼を言ったらよいのか』
さてさて、今一度、なぜ、こんなことになってしまったのか、振り返ってみれば.
お金に困ったおじさんが、お峰にお金の工面を頼んだのだが、おじさんはその事を反省し、『お峰にお金の工面を頼んだのは間違っていた.お金はもうよいので、お峰に謝って来て欲しい』と、おばさんに言って使いに出した.
おばさんは、お峰の所へやって来て、お峰に謝ったのだが、けれども盗んだお金を渡したら、おばさんは喜んでお金を受け取り、お峰にお礼を言ったのだった.
盗んだお金を渡したのでは、お礼を言われる筋合いではない.なんと雇い主に詫びたらよいのか.悩んで悩んだ、お峰だった.....
追記
原作では、子供がお金を取りに来たとき、既にお峰はお金を盗んでいて、子供にお金を渡しました.もう一度おばさんが取りに来て、お峰にお礼を言う出来事は、映画だけの脚色です.
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第三話『にごりえ』
出演 淡島千景
杉村春子
賀原夏子
南美江
北城真記子
文野明子
お力は源七を破滅させ、彼の家庭を貧乏のどん底へ陥れたのだった.
お力は、新しい男、結城に取り入って、玉の輿に乗る算段を考えていた.自分が優しい女であるかのように思わせるために、お力は結城の目の前で、自分を鬼姉と呼ぶ源七の幼い娘に、お菓子を買い与えたのだった.
お菓子を家に持って帰った娘.それを知った母親は、怒ってお菓子を表に投げ捨てたのだが、源七は『優しくしてくれたのだから、お礼を言うべきことだ』と言って、妻を罵ったのだった.
だが、この時既に源七には、はっきりと解ったことであろう.言葉では妻を罵ったのだが、お力は妻の言う通りの女で、破滅させ貧乏のどん底に陥れた自分達を利用して、新しい男に取り入ろうとしている、まさしく鬼のような女であった.言葉とは裏腹に、お力に対して殺意が沸いてきた源七は、妻子を無理矢理追い出した.
お力は源七に詫びれば、こんなことにはならなかったはず.けれども、お力は、本来自分が詫びるべき相手に対して、お礼を言わせる行為を行った、その結果は.....
製作 伊藤武郎
監督 今井正
原作 樋口一葉
脚色 水木洋子
井手俊郎
撮影 中尾駿一郎
美術 平川透徹
録音 安恵重遠
音楽 弾伊球磨
編集 宮田味津三
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第一話『十三夜』
出演 丹阿彌谷津子
芥川比呂志
田村秋子
三津田健
車屋は暗い夜道で、もう仕事とは嫌になったから、ここで降りてくれと言った.けれども、すぐに思い直して、自分が悪かったと詫びたのだった.
そして、互いに今一度会いたかった二人であるのに気がついた.好きだった娘が、何も言わずに別の男と結婚をしてしまい身を持ち崩してしまった男.彼は、会って話をしたかった、真実を知りたかったのだけど出来ずにいたのだが、再会を出来て話をする事により、相手の娘の気持ちを知り、相手の娘の言葉によって勇気づけられることになった.車屋は、会えなくなってから自分が身を持ち崩した出来事を、包み隠さず話しました.話の内容は、自分にとって辛いだけでなく、聞いている相手にとっても、辛いことであったのですが包み隠さず話しました.そして、『元のあなたに戻って欲しい』と、娘が差し出したお金を、『ありがとう』とお礼を言って、男は素直に受け取って、二人は別れました.
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第二話『大つごもり』
出演 久我美子
中村伸郎
滝岡晋
長岡輝子
荒木道子
放蕩者の若旦那は、後妻の母親が、行く行くは自分の実の娘に養子を取り、家督を継がせようと考えていて、自分が邪魔なことを良く知っていた.金の無心に帰ってきた彼は、用があるのは金を貰う必要がある父親だけであった.だから、そんな母親とは話しもしたくないので、自分が寝ている部屋へ、お峰と母親がやってきても狸寝入りを続けていたようだ.
「ああ忙しい、忙しい、誰か暇な人の身体を半分借りたいものだ」と、母親は寝ている若旦那を見ながら言ったのだけど、母親も若旦那が狸寝入りをしているのに気がついていて、聞こえよがしに嫌みを言ったのだと思える.だとすれば、あの時、母親に約束のお金を借りようとして、嫌みな言葉で断られ、お峰が困窮していることを若旦那は知っていたことになる.
原作の言葉を借りれば、お峰はどんな処罰を受けることも覚悟で、自分が金を盗んだことを話そうとした.話そうとしたときに、お金の代わりに若旦那の置き手紙が出てきて、お峰は救われることになりました.この結末を、お峰の優しい心、優しい行いが報われることになったと言う人がいますが、本当にそうなのでしょうか.
確かに、あの時、お峰が安堵の気持ちを抱いたの間違いないのですが、私の善行が報われたと、お峰が考えたとは思えません.もしそうならば、お金を盗んでしまった事以上に、浅はかな考えであったと言えます.
お峰は、若旦那の寝ている部屋に炭を足しにやってきて、一度は躊躇いながらも、若旦那の寝ていることを確かめてからお金を盗みました.『きっと、あの時、若旦那は自分がお金を盗むのを見ていたに違いない.若旦那は自分を救うためにお金をとって、そして置き手紙を残していったに違いない』お峰はこう考えたのではないか.そして、『若旦那に本当のことを聞いてみたい、若旦那の優しい心を確かめて、お礼を言いたい』、お峰はこのように考えたのだと思われます.
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原作の最後の部分、青空文庫をお借りします.
お峰が引出したるは唯二枚、殘りは十八あるべき筈を、いかにしけん束のまゝ見えずとて底をかへして振へども甲斐なし、怪しきは落散(おちちり)し紙切れにいつ認めしか受取一通。
(引出しの分も拜借致し候 石之助)
さては放蕩かと人々顏を見合せてお峰が詮議は無かりき、孝の餘徳は我れ知らず石之助の罪に成りしか、いや/\知りて序に冠りし罪かも知れず、さらば石之助はお峰が守り本尊なるべし、後の事しりたや。
(明治二十七年十二月「文學界」 明治二十九年二月「太陽」再掲載)
『後の事しりたや』、この言葉が原作の最後の言葉です.映画でこの言葉を描ききれているかというと、残念ながら全く描けていないのではないか.映画を見ても解らなかったので、原作を読んで考えたことへの言い訳と受け取られても、否定はしませんが、金をせしめた若旦那が家を出るとき「お帰りですか」と言うお峰に、「(ここは俺の家だ)帰るんじゃない、出かけるんだと」と言い放った若旦那の言葉から、若旦那は間違いなく、また家に戻ってきてお峰に会ったはずと考えれば、原作の最後の言葉『後の事しりたや』がいかなる意味を持つのか、しっかり描く必要があったと考えられます.
それはさておき、『後の事しりたや』とは、樋口一葉は、この後がどうなったであろうか考えて欲しい、と書いて、作品を終えていると言えます.その後、若旦那が帰ってきたときに、きっと、お峰は、真実を若旦那に聞いたことでしょう.
原作の最後の部分
引き出しの中にお金が無く、代わりに石之助の書き置きが残っていた.それを見て母親も父親も、また放蕩息子がお金を取っていったと思い、お峰は詮議されることはなく済んでしまったのだが.お峰が育ての親につくした恩恵は、知らない内に石之助の罪になってしまったのか、いやいや、石之助は知っていて、お峰を守るために罪を被ったのかも知れない.後の事しりたや.
お峰
『あなたがお金を取る前に、私がお金を盗みました.けれども皆はあなたが全部のお金を取ったように思っています.私、どの様にお詫びしたらよいのか.....でも、本当は、あなたは私がお金を盗んだのを知っていて、私を救うために、自分が全部のお金を取ったように思わせる書き置きを残しておいたのでしょ.だとしたら、私はなんとお礼を言ったらよいのか』
さてさて、今一度、なぜ、こんなことになってしまったのか、振り返ってみれば.
お金に困ったおじさんが、お峰にお金の工面を頼んだのだが、おじさんはその事を反省し、『お峰にお金の工面を頼んだのは間違っていた.お金はもうよいので、お峰に謝って来て欲しい』と、おばさんに言って使いに出した.
おばさんは、お峰の所へやって来て、お峰に謝ったのだが、けれども盗んだお金を渡したら、おばさんは喜んでお金を受け取り、お峰にお礼を言ったのだった.
盗んだお金を渡したのでは、お礼を言われる筋合いではない.なんと雇い主に詫びたらよいのか.悩んで悩んだ、お峰だった.....
追記
原作では、子供がお金を取りに来たとき、既にお峰はお金を盗んでいて、子供にお金を渡しました.もう一度おばさんが取りに来て、お峰にお礼を言う出来事は、映画だけの脚色です.
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第三話『にごりえ』
出演 淡島千景
杉村春子
賀原夏子
南美江
北城真記子
文野明子
お力は源七を破滅させ、彼の家庭を貧乏のどん底へ陥れたのだった.
お力は、新しい男、結城に取り入って、玉の輿に乗る算段を考えていた.自分が優しい女であるかのように思わせるために、お力は結城の目の前で、自分を鬼姉と呼ぶ源七の幼い娘に、お菓子を買い与えたのだった.
お菓子を家に持って帰った娘.それを知った母親は、怒ってお菓子を表に投げ捨てたのだが、源七は『優しくしてくれたのだから、お礼を言うべきことだ』と言って、妻を罵ったのだった.
だが、この時既に源七には、はっきりと解ったことであろう.言葉では妻を罵ったのだが、お力は妻の言う通りの女で、破滅させ貧乏のどん底に陥れた自分達を利用して、新しい男に取り入ろうとしている、まさしく鬼のような女であった.言葉とは裏腹に、お力に対して殺意が沸いてきた源七は、妻子を無理矢理追い出した.
お力は源七に詫びれば、こんなことにはならなかったはず.けれども、お力は、本来自分が詫びるべき相手に対して、お礼を言わせる行為を行った、その結果は.....