扉への道

泉明 香鈴(せんめい かりん)申します。
香り善き、鈴音(りんね)を拠り所に、「今」を明め「ここ」に在る

今、感じること。

2012年10月11日 12時37分40秒 | 気づき
「はじめ・・・」にを読んでもらえる とうれしいです。

そして、深く「気づき」を体験したもの合わせて読んでもらえるとうれしいです。 「人生のシステム」
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起こることは必ず起きて、起きないことは決して起きない。

いくら考えても、「こうなったら。」 「あーなったら」という思考を掻い潜り行き着いた先にはやっぱり、起こることは起こる。

ただ、その原因と縁は自分で作っていることはしっかり理解する必要がある。

それを、無意識のままで決めていると、その結果に拒否をして新たな「苦」を呼んでしまう。

逆に考えれば、「苦」の中から 嫌と思う出来事から気付くことで経験が行われ「愛」に繋がることが出来るのです。

「愛」に繋がることが出来たなら、次に「大いなる存在」からのエネルギーを供給する事が出来より「愛」を感じ、そして、出来事全てに「感謝」する事が出来るのです。

しかも、この「愛」や「感謝」には、純粋なエネルギーであり、とても清らかな状態(上流の川のように)

この世とあの世は、対極であるかそうでないかの違いであり、この世は対極であるからこそ、気付くという経験ができるのです。

そして、その中から「私は○○である」と宣言する事ができる。

「私は、何者か」を決めることが出来るのです。

個々に持っている宇宙をしっかり理解し委ねることで、常に「愛」を感じることが出来るのです。




皆様が、常に「今」に在りますように。

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知識を鵜呑みにしないこと

2012年10月07日 18時27分15秒 | 気づき
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私たちは、不安になったり、疑問を持ったりと人生において、憤り・違和感を感じたりすることがある。

そうなると、何でも良いからと何かに縋りたい気持ちになってしまう。


相談したり、本を読んだり占いしたりとありとあらゆる知識を得ようとする。

ここまでは、特には問題ない。

その言葉や知識には、とても良い目印が隠されている訳ですから。

ただ、勘違いしてしまうと抜けだせなくなってしまう。

得た知識を鵜呑みにして、全て正しいと思い込んでしまう。

「なるほど」と思えることでも、それはただ、知っただけであり知識なだけ。

知識を得るのが間違っているわけではなく、この先に経験を踏んで「知恵」に変えないことには意味がない。

知恵を得るのは今の出来事を「大いなる存在」の位置から外を見つめることであり。

それが、大事なのです。

外から入ってくることは、自分にとって「善」なることだが、それらをどう選択して決定し経験するかは自分次第なのです。





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目的は一つ

2012年10月05日 14時52分40秒 | 気づき
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この世に誕生した本当の目的は、創造し経験すること。

全ての物は肉体が生まれてから、肉体が朽ちるまでが一つの流れでできている。

そして、命は消滅する事なく常に存在し続けていく。

それでは、私たちのゴールはあるのか?

私は、「死」こそがゴールではないか、(勿論、絶対的なゴールではない。)

もっと分かりやすく書くと、第1章の完結みたいな感じ。

この人生が第何章かは分からないが(大いなる存在は知ってる)死ぬまでに何れだけの創造し経験を体験できるか?オンラインゲームのクエストを何れだけ出来るか。私たちが言っている「善」と「悪」を何れだけ創造出来るのか?(ここで言う悪とは、人道的なことではなく、不安、否定、批判などのことである)

仮に「悪」を創造しても、否定する事はない「善」に変えればいい。
「善」を創造したときは、「悪」に注意すればいいことである。

何れだけ、批判しづ比べず、創造・経験出来るか。

そして、気づくことが出来るか?


第1章が終わった時は壮大なる気付きが訪れる。だた生きている時でも気付きは訪れる。

どちらがいいと思うか。

死んだ時に気付くか?生きている時に気付くか?




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心の光

2012年10月04日 10時04分22秒 | 気づき
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最初の欲求は純粋である。

それは、全てが一つであるところから涌き出て、個々の身体を通って実体化するが、ひとり一人の条件やトラウマなどが覆い被さり、不安、恐怖と共に実体化する。

ただ、このことが「良い」・「悪い」と私たちの解釈で考えるのではなく、全てが一つとしてとらえることで、最初の欲求を純粋に表現する事ができ、経験をして「本当の自分」を思い出すことができるのです。

欲求を言葉だけで解釈すると誤解を招いてしまうが、言葉の内側にあることが分かることで。さらにこのエネルギーは大きくなり、実体化し豊かな経験ができる。

欲求とは「大いなる存在」から送られて来た「全てが一つの愛」を私たちのが経験したいことをプラスして出来た「純粋なエネルギー」である。

「欲求に従いなさい」と神が言うのは、煩悩のことではなく、心に最初に現れる光のことである。



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