娘の成人式の時には、私の着物も草履も古くさくて、結局全てレンタルで済ませてしまった。
今後使うこともない、家にあってももう無用の長物だ。
成人式に合わせて昨年からネットのフリーマーケットに出しておけば良かったなあと思った。タイミングの悪さはあったけれど、遅ればせながら出品してみると以外にも売れた。私の不用品がどなたかのお役に立つのはうれしい。
手放す際、自分の成人式の思い出がちらりと頭をかすめた。親がせっかく用意してくれた着物は動きづらくて好きじゃなかったな。草履も履き慣れていないので、あしゆびの間が痛んだ。そんな事を思い出しながら、丁寧に梱包した。青春よさらば。
こんな風に身辺整理が着々と進んでいる。出来るだけ将来子供たちの手を煩わせ無い様、物を減らしたい。
売れた草履を発送するためコンビニへ向かう途中、ハシブトガラスがゴミ捨て場の前で何かをついばんでいるところに遭遇した。
私がすぐそばを通っても、全く動じ無い。警戒する様子もなく、一心不乱に何かを食べている。
振り返りつつ観察していたら、カラスからわずか50センチほどのところで、雪に隠れた氷に足を滑らせ転んだ。令和5年初転び。
立ち上がり、雪を払いながら直ぐにカラスの方を見た。絶対驚いていると思ったからだ。こんな至近距離で、デカい図体の人間が転んだのだから。ところが、カラスは何事も無かったかの様に、ひたすら食べ続けていた。
私の動向に無関心だったのは、もしかしたら彼らの食料事情にあるのかも知れなかった。
近所のゴミ捨て場はどこもしっかりネットがかかっているし、雪のせいでゴミは凍っている。だから、夏場よりも食料調達に苦労して、相当空腹なのだろうと思われた。こんなお婆さんのひと転びに付き合っている暇はないのだ。命を繋いでいくために。カラスの人生、いや“鳥生”の過酷さを思った。
カラスに気を取られて転んだが、カラスの事とは別に、転んだことについて残念な思いが頭をよぎった。
昨年暮、これまで履いていた冬靴が駄目になりかけて、新しいのを買おうと考えていた。値段が下がったワゴン品で良いと思っていたのだが、夫に「安い靴を買って、転んで骨折でもしたら大変だから、良い品物を買うように」と促された。
それではと、二人で外出した折に様々なウィンターシューズを見て歩いた。靴のデザインも重要だが、靴裏の構造も吟味した。
シューズショップを3件ほど周り、帰り際の4件目でやっと気に入ったシューズを見つけた。するとそれが「驚くほど、滑らない」というCMが盛んに流れていたウインターシューズの“SA◯LAND”だったのだ。
それは数年前に登場した。札幌市と姉妹都市ポートランドの名前を合わせたSA◯LANDと言う名前を冠し、雪道で滑らない靴として、大手アウトドアメーカーから販売されていた。取扱店が少なかった当時、お店を探して商品を探し当て、値札を見てそのまま何も買わずに帰って来たという事があった。ブランド物は高価だったのだ。
そして昨年、その商品はデパートの靴売り場などで、いかにその靴が滑らないかを体験できるコーナーまで設けられて、大々的に宣伝されていたのだ。
実際にCMでも、氷の上で滑らない驚きを実感している人達のシーンが何度も流れた。平らな氷の上での滑らなさは本当らしいな、と説得するに十分な映像だった。
気に入った商品のお値段は、私の人生においての靴の値段の最高額だった。買わずに諦めた数年前と現在とでは事情が変わっていた。パートのお仕事で収入もある事だし、夫も強く勧めてくれたので、迷わずに買うことにした。
「驚くほど、滑らない」というキャッチフレーズに全幅の信頼を寄せていた。しかし、使用するに連れ、一抹の不安を覚え始めた。雪道のコンディションとは多様だ。まっ平らな氷じゃない。凸凹の氷道の時もある。
そして、本日の初転び。滑るじゃないの、サッ◯ランド!
大枚ほぼ2万円近くを投じた結果がこれ。つくづく、「ああ、靴屋さんのワゴンにあるゴム底の安物の靴で十分だったのになあ」と後悔しきり。
かつて新聞で読んだコラムに、雪道の研究者か大学教授であったか、その方が「絶対滑らない靴は存在しない」と言い切っていた事が、今更のように思い出される。アイゼンでも装着しなきゃ、普通の靴は高価でも安価でも滑るのだ。
今日はそんな教訓を得た記念すべき日となった。