いつもなら、すぐに断って電話を切るところだが、年末の大掃除などもあってふと心が動いた。
娘の集めた大量のぬいぐるみを処分しようと思っていた。ぬいぐるみは買取出来るのだろうか、そう頭に浮かんで電話で尋ねた。
すると、電話口は男性に代わり「ぬいぐるみは見てみないと分からないが、本日伺いたい。玄関先で見させて頂くので、是非衣類やバッグなども」と言う。
ある種の圧を感じる言い方だった。夕方だったし、少し不安を感じて「今日は無理なので」と明後日の午前中に来てもらうよう依頼した。
電話を切ってから、買い取りに来るならこの際、着ない服を出してみようと、洋服ダンスから数着売り払う候補のブラウス、スカート、コートを引っ張り出した。お金になるかも知れないと思うと、我ながらあさましい。
買取業者との約束の日、待つともなく待ったが、とうとう買取業者は来なかった。電話での飛び込み営業の約束も守れない見知らぬ業者だ。来なくて逆に良かったとも思った。電話に応じたのが間違いだった。そもそも依頼すること自体が、間違いだったのだ。
何となく、不用品の買い取りを電話で勧誘する業者の事をネットで検索してみると、そういった事は良くあることのようだが、あまり良い事は書いていなかった。
事例は、「玄関先で…」等と言いながら、強引に家に上がり込み、ブランド物を売るよう粘る悪質な被害に遭った人もいる、というような事が書いてあった。
そんな事もある事を知り、尚更のこと本当に来なくて良かったと思った。
結局タンスから出した服は、少し離れた所にある大型買取店に持って行った。
洋服類は10数着持参した。その中には、私の衣類の買い物史上、最高額のコートが含まれていた。
それは、20代なかばにパルコで買ったコート。ステンカラーの部分にラクーンの毛皮があしらわれた、トレンチタイプのコートで、袖口はコートにしては珍しくブラウスの袖のように細くなっているデザインだ。
私は、背が低い割に肩幅が広く、腕が長いので肩幅と腕に合わせると、コートの丈が長すぎるということがよくあった。
ところが、このコートは試着してみると、まるで私の体にあつらえたように、肩幅も袖丈も何もかもがピッタリだったのだ。コートのデザインも色もとても気に入った。
値札を見てみると、80,000円!高すぎる。
「ちょっと考えてみます」などと言って、コートを脱いで一度店を出た。
しかし、店を出てから後ろ髪を引かれっぱなし。欲しいなぁ。こんなにしっくりくるコートには二度と出会えないかも知れない。どうしよう、買うべきか…。でも、とても高価だし…。しばらくパルコの店内のあちこちを思案しながらぐるぐる巡った。
当時は働いていたし、自宅から通っていた。それなりに貯金もあった。クレジットカードの利用可能額も十分あった。
さんざん迷った挙げ句、結局、きびすを返してお店に戻ってクレジットカードで購入したのだった。
最高に高い買い物であったが、まあ大切に着て40年も持っていたのだから、十分元は取ったというものだ。数年前に一度袖を通したし。まだ着ることも出来たとは思うが、生地の色が年月と共に退色している。
コートの色は元々薄く緑がかったベージュ色だったが、すっかりくすんだ色となった。生地はまだまだしっかりしているのだが、このくすんだ顔に、くすんだ色のコートはちょっと…。
ネットのフリマで売るには古すぎて気が引けた。それでお店に持ち込んだのだった。
全ての査定が終わり、金額を提示された。
千円にも満たない金額だったが、期待もしていないので了承した。
現金を受け取り、内訳を見てみた。持ち込んだ衣類の中には衝動買いしてしまった非常に新しい上着が2点あった。グローバルワークのその衣類2点の値段が受け取った金額の9割を占めていた。
あの80,000円のコートはいくらだったか。レシートを確認してみると、「コート…10円」!
80,000円が10円だった。
まあ、40年前の代物だから、しょうが無いけど。ちょっと悲しかった。
あのコート、古着屋さんの店頭に並ぶことはあるだろうか。10円でも値段を付けてもらえたのだから、少しは価値が有るということだろう。でもそれは、襟もとの毛皮の価値かもしれない。
長らく愛用していた物との別れは寂しいものだ。かと言って、持っていてもしようのない物だが、その先が気になる。
処分しようと思っている娘のぬいぐるみも、それぞれ買わされた時の思い出がある。それに、どれも一つ一つ可愛らしいぬいぐるみなのだ。生き物の形をしているので、尚更のことかわいそうで捨てられない。こうしていつまで経っても処分出来ずにいる。