クラスには、やんちゃな男の子が多かったのか、ショッキングな体罰のシーンを目撃した記憶が今も目に焼き付いている。
一人は社会科の教師だった。
見た目の特徴が目立つ男の先生で、アフリカの水辺に生息する動物に例えられ、陰で“カバ”と呼ばれていた。
中学生だった私は、他愛のない教師のあだ名と思っていた。その程度の認識だった。
社会の授業のある日、前列に座っていた男子のM君が当時流行っていたCMのキャッチフレーズ「〇〇をして〇〇しよう」をもじって、教師の前で何気なく言った。そのフレーズの中に、カバという言葉を入れて、言ったのだ。
クラスのみんなが笑った。それは確かに悪い冗談ではあったが、私が聞いていても、そんなに侮蔑的な事だとは思わなかった。クラスの誰もが思わなかったと思う。
いつもなら、その先生も鼻で笑って済ませる程度のものだと誰しもが思っていたと思う。
しかし、その日、先生の虫の居所が悪かったのだろうか。それとも、先生は「カバ」という言葉に不快感を日頃から感じていたのだろうか。
クラスのみんなの笑いが収まるか収まらないくらいのタイミングで、先生は突如M君の胸ぐらをつかんで立ち上がらせると、激しくビンタを食らわせたのだ。
クラス一同、ビックリして静まり返った。
「もう一回言ってみろ」といったような言葉と共に、往復ビンタだけにとどまらなかった。感情のままに、少年を平手打ちし続けた。それはだいの大人が、非力の少年を責めさいなむ残酷な光景だった。
みな12歳か13歳の少年少女達だ。教室で慄然とし、どうすることも、何を言うことも出来ず、その残酷な仕打ちを啞然と見守ることしか出来なかった。
時間にして数分だったのだろうが、それはとても長い時間に感じられた。
今思えば、教育者としてあるまじき行為だ。M君の他愛ない言葉に、あまりにも過剰な反応だ。
そのあと授業を続けたのだったろうか、記憶がない。
もう一つの記憶も理不尽と思える記憶だ。
確か自習時間だったと思うが、見回りに来た体の大きな女性の体育教師にN君が軽口を叩いた時だ。私と同じようにクラスのみな、どうということのないことだと思っていたが、やはり何に激怒したのかわからないが、N君も胸ぐらを捕まれ往復ビンタされたのだった。
女性の教師によって為されたという事が私にとっては更に大きなショックとなった。
現在では考えられない事だ。
そんな2件のビンタ事件が当時の私にとって、忘れられない出来事として記憶されている。
もう一人、記憶に残った先生がいる。
ちょっと癖のある化学の先生だった。
何と表現したら良いか…。かつてそろばんをかき鳴らしながら「あなたのお名前なんてーの」と出演者の名前を尋ねるトニー谷という大昔のタレントがいた。あそこまでいかないけれどあの感じ。
おそ松くんの中に出てくる、おフランス帰りのあのシェーで有名な“イヤミ”の気取った感じに近いような。実際、蝶ネクタイを付けていたのじゃなかっただろうか。
そんな独特の、言ってみればキザな雰囲気を持つ先生で、私はあまり好感を持っていなかった。
ある日の授業で、起立して礼を終えた後、先生は直ぐには授業に入らず、教卓の上の花瓶を一瞥した。
クラスのみんなも、先生の視線をたどって、一点に集中した。
そこには、数本の薔薇が枯れたままの花瓶があった。
みんなそれを見て、“片付けるべきもの”だと誰もが気づいた瞬間だった。
先生は一言
「枯れても薔薇は美しいですねー」
と言った。
みんなドッと笑った。
それ以来、化学の先生がちょっと好きになった。
普通なら、「枯れた花ぐらい片付けろ」とか「いつまでこのままにしておくんだ」といった叱責の言葉がありそうなところだが、皮肉を交えた一言に、先生の優れた教育者としてのセンスを感じた。加えて、キザは伊達じゃなかった。
これも忘れられない中学時代の思い出だ。