口コミで評判の店を紹介中、ラーメン屋だが、ラーメンよりむしろ餃子の美味しい店として取材されていたお店が、我が家からそう遠くない所にあった。
店主は元はフレンチ料理のシェフで、そんな事を明かしながら、餃子の作り方を惜しげもなく披露していた。隠し味に確かナンプラー等も使っていて、それが美味しさの秘訣なのではないかと、見ながら思った。チャーハンも美味しいという。
「明日からお店が混みそうだね」と私が言うと、それをきっかけに、夫は以前にテレビで見た“評判の町中華”の事を思い出したらしく、その話をしだした。
夫からの又聞きなので、正確では無いかも知れないが、それは以下の様な内容だった。
チャーハンが美味しいと評判の町中華の店主が、腰を痛めチャーハンの重い中華鍋を振るのが大変になって来たので、「チャーハンは頼まないで下さい」と言う張り紙をしたと言う。それでもチャーハンを注文をする人は後を絶たず、結局、チャーハンはお店のメニューから外したそうだ。
ところがお店の人気メニューのセットに半ラーメン半チャーハンと言うのがあり、売上に大きく影響するのか、そのメニューは外せなかったらしい。それで、その注文が入ると、店主はその度に文句を言い、嫌そうな顔をしてチャーハンを作るのだと言う。
美味しいチャーハンを求めて客が来る度に、嫌な顔をしながら鍋をふる店主の顔の対比が面白いとでも思って、テレビ局は放送したのだろうか。店主も承知の上で放送を許したのであろうが、食べる側の客としては知りたくない事実である。
夫は、その店主に対して「プロ意識が無い」と批判した。料理は心を込めてする物であり、そんな嫌々ながら作っていたのでは、味にも影響する。そんな気持ちで作っているなら、辞めてしまえと。
確かに夫の言う通りかもしれない。
でも、私は店主の辛い立場を思った。高齢らしい店主は今更転職も難しいだろう。辞めるわけにもいかず、辛い腰痛をおして中華鍋を振らなければならない。
お客には厨房の店主の態度さえ見えなければ、評判のチャーハンを食べて満足して帰るのだから、問題は無い。そう思うと、私には店主の逃げ場の無い状況が、気の毒に思えた。
しかし夫は、私の意見には同調せず、店主を批判し続けたのだった。
そんな夫の言い分を聞いているうちに、私は今日の出来事を思い出していた。
この日、私は数年ぶりに母と会い、母の家の近くの中華料理店で、あんかけ焼きそばを食べたのだった。
母いわく、コロナ感染症が流行ってからというもの、近場の飲食店は次々と店を閉め、ご飯ものを食べられるのは、この中華料理店位のものだという事であった。
平日の昼時、確かに店は混んでいた。値段もまあ、リーズナブルではあった。しかし残念ながら私の頼んだあんかけ焼きそばの出来は、素人並みのものだった。
麺をあんの中から持ち上げようとした時、四角い面がほぐされること無く持ち上がったのである。これがプロのやる事か?と思った。家庭で作る焼きそばの蒸し麺を、ビニール袋から出して、ほぐさずに焼き目を付けただけの麺の上に、あんが乗っていたのである。
これこそ、プロ意識の低さなのではないか。競争相手の店が無いから、黙っていてもお客はやって来る。そんな状況にあぐらをかいて、私に出したような、低レベルな料理を出している店主こそ批判されるべきだ。思い出したら急に腹が立った。
前述の腰痛持ちの町中華のチャーハン店主は嫌々ながら作っても、質の高い美味しいチャーハンを作っている。
プロ意識という点で真に批判されるべきは、私にあんかけ焼きそばを作った方の店主ではないかと、夫に話した。
結局「料理は心」を重んじる夫と、「料理は味」を重んじる私の話は、平行線のまま変わらずに終了した。
夫は最後まで、心は味に出るという主張を変えなかった。
料理を作る者の端くれとして、最近台所に立つ私は心を込めて料理しただろうか?そう考えた時、夫の指摘が私に向けられているようで、ちょっとドキッとした。