「今日はやけに空の色が水色だ」と空を眺めながら、感嘆の声をあげた。アザミの花も、怪しくその色を輝かせている。
後から考えたら、すべてサングラス越しの空と花であったことに気づき、一人で苦笑した。バカだねえ。
次の日、あんなに怪しかった花の色がサングラスを下げて裸眼で見てみると、いつもの色でちょっとガッカリした。ホントはそのままでも十分美しいのだが、サングラス越しに見る花の色が、あまりに魅惑的だったから…。
ところで帽子を一度かぶると、外出中はもう絶対脱げ無い。何故なら、帽子の中で髪がぺったんこになって、脱ぐと格好が悪いから。
帽子は若い頃からずっと避けてきた。
帽子が似合わない。帽子売り場で見つけた好みの帽子をかぶってみるけれど、期待に反してどの帽子も全く似合わない。
だから、帽子を持っていなかった。
それでも何度か子供の運動会へ観覧に行った後で、日焼け防止のために、帽子が欲しいなあと切実に思った。
それで大型スーパーの衣料品売り場のワゴンで、唯一似合うと思えるつば広の帽子を見つけたのだった。
値段は忘れたが、私の好きな“ワゴン”の商品だから980円位だろう。それでも帽子のサイドに小さなブランドのタグが付いていた。ギ・ラロッシュ。安物でもちょっとカッコイイ。
数日前、用事で出かける日。
その日は曇っていた。帽子をかぶるのに少し躊躇した。それもその朝、最近一ヘアスタイルがキマっていたのだ。
洗顔後に鏡を見たら、前髪の一部がハリウッドの俳優クラーク・ゲーブルみたいにチロリと落ちて、カッコよかった。帽子をかぶったら台無し。
でも、もし帽子をかぶらずに出かけて、途中で日差しが強くなったら、日に焼けるから嫌だしなあ。そうだ日傘!と思い付いたけど、私は持っていない。
この日はとりあえず、雨傘を日傘の体でさして出かけた。往復13,000歩の行程。
日傘…私が持つ日傘のイメージは…貴婦人、良家の奥様、私の対局にある女性達が使用するもの。
余談だが、元々傘は雨ではなく、日を避ける為の道具として生まれた物なのだと知った。やはり、高貴な人々の為に生まれた物のようだ。
雨が降ったらさすようになったのは、後の事らしい。
そんな「私とは無縁の物」という日傘の概念を覆したのは、娘だった。
娘が大学生の時、気軽に日傘をさしていた。それも、大学構内のカラスからの攻撃と爆弾(糞)よけに。
私も、日傘買ってみようかな?ちょっと気取って、さしてみようかな?それさえあれば、髪型が崩れることなくすまし顔で歩けるし…。どんな日傘を買おうか。お店で日傘を選びながら「どれにしようか」と迷う自分を想像し、楽しみが一つ増えたなと思った。
その日用事を終え、雨傘を日傘代わりに長い道のりを歩いて帰ってきた。足もかなり疲れたが、思いもよらないところも疲れた。
日傘を買うのはやめにした。老いて弱った手首には、傘の重みが結構負担であった。まさか傘ごときの重さに手首が痛くなるとは。
やっぱり今の私には、帽子が一番だ。カッコつけてる場合じゃ無い。老人は両手を常にフリーにしておいたほうが、何かと良さそうだ。
今後も、被ったら最後、“脱がずの帽子”でいくしかないな。