はるらんまん 3人娘と生活…その後

日々思ったこと、感じたことを3人娘の母として...、日記のように適当に書いてます!! 55歳で再婚! 

エレカシ色

2010-03-16 20:14:27 | エレカシ

今朝、

三女なつが、

エレカシのブログパーツを三つ追加してくれました~~

同じuniversal musicなのに、

徳永さんのブログパーツはないのね

まぁ、エレカシの曲はミヤジさんのキャラとともに、

最初からインパクトがあるけど、

徳永さんの曲は全体でメッセージが込められているからなんだろうなぁ~~(゜.゜?

アクセス数を、三女なつと競争していて

(自分の中だけだと思うけど…

エレカシからの検索の方がどんどん増えています

で、タイトルにエレカシを入れてみました(笑)

徳永さんも、頑張れです

エレカシのブログパーツが増えていて

テンションが上がり全てを

自分のブログから聞いてみました。

梅の方が桜より激渋(ゲキシブ)」だそうで

   

ミヤジさんらしくて、笑えます(^u^)

喋ってる姿も、歌ってる時も、

ほんとに一生懸命でかわいいです。

徳永さんも宮本さんも

年を取ってからの方がずっと素敵

エレカシのコンサートに行ったことないので

どんな感じなんだろうなぁ~~。

ファン歴の長い方、

ミヤジさんについて色々教えてね


親という厄介な存在   ***追記

2010-03-16 00:06:48 | ブログ

ほんと、、、、

昭和ひとけたの人は強いです

食べるものが無かった戦争中、戦後の

たくましさが、残っています。

根性があります。。。。

その年代の人の性格は、変わらないのだから

こっちとしては我慢して諦めるしかないんだよね

平成生まれの娘達との間に挟まれ、

この時代の急激な変化と

考え方の違いで、

間に立った、

私…(今の30代、40代の人)は大変です…

娘達は本気で私の母と喧嘩するから、

育て方が悪いと怒られるばかりで…

昔から 「時代が違う」 とは良く言ったもんです。

(それが姑となると余計に大変…だよね。

渦中の人は、頑張ってください。)

。。。

三女なつが高校を辞めたことで、

訳のわからない妄想を抱いていた母は、

もったいないと思わないのか」

自分の自慢話のネタがひとつ減ったことで、

不機嫌に三女を責めるけど、

そんなもんはどうだっていいと思います。

今の世の中、自分が自分で無くなりそうな

恐怖のある人がいっぱいいて、

精神病院も満員状態…

大事な事は自分が自分らしくいられる事だと思うんだよね。

時には、逃げて離れてみることも必要です

まっただ中にいると、死にそうなくらい辛いことも

後で思えば、たいした事じゃなかったと思える事も多いから

自殺者も多いし…

何かが歪んでるんだろうね…

子供達も、大人も…

死なないでって願うばかりです ( ̄人 ̄)

。。。

はねのけるパワーは「明るさ」です。

私も時々、陰にこもっちゃって

ネガティブになるから、

反省する毎日だけど。

娘達も…

少しくらいバカでもアホでも(笑)

命が尽きるまで

元気に明るく生きていって欲しいです。

。。。

いつも自分らしく 強く生きて行けたら

胸につかえた悲しみにさえ 輝く時が来るよ

           **** 徳永英明さんの  I´M FREE… より  


親という厄介な存在  ***その4

2010-03-15 01:52:28 | ブログ

どちらの親同士の関係も

何か…上手く行かず、

子供が病気…

旦那が浮気…

縁がなかったって言えばそれまでなんだけど…

。。。

ま、離婚の理由なんて

ひとつやふたつじゃなくて

どこも一緒だと思うけど

いろんな事が混ざり合ってそうなる訳で、

それはそれで仕方ないけど、

「辛いことがあったらいつでも帰ってきなさいよ」

言っていた母は

いざとなると

「あんたの我慢が足りないからだ…

もう一度良く謝って、許してもらいなさい」

と言うから驚きだ(笑)

親に言う時点で、もう…にっちもさっちもいかない状態だって

。。。

誰が帰りたくて、帰るかよ!!って

子供を連れて、住むとこも、仕事も無い状態の時

泣きつくとこは、他にはなかったんだよね…

。。。

その後、

子供の為にと思ってわざわざ調停までかけて貰った慰謝料は

父の自営業の支払いができんと泣きつかれ、

貸してあげる事になり、

また、今後の為にと、

児童扶養手当で貯めたお金も

数年後、支払いができんと貸してあげ、

それを少し返してもらったところで

他界した父…

まだ父の残した借金が残ってるよぉ~~(笑)

そして「金がない、金がない」と口癖のように言っている母が

80歳と元気です

 親孝行するもんね

いつまでも元気で頑張って欲しいです(笑)


親という厄介な存在  ***その3

2010-03-15 01:18:27 | ブログ

結婚してからもちょっと変な感じでした。

「毎週土曜日には電話してね」

母に言われた言葉です。

「先週は電話が無かったね、

電話がないと心配で、ずっと電話の前で待っていたのに…」

私は義母の目を盗んでは電話をしていました。

私、結婚したんだよな?

なんかの研修にでも来ているようだな…

何か変な違和感を感じてはいましたが

「あんたの事だけを楽しみに生きてきたのに

あんたがいなくなったら私はどうしたらいいの?

と言っていた母…

(…って 父の存在はどうなの?

父と母を捨てて(?)嫁に行った手前、

それくらいの事はしてあげなくちゃという

優しい子心がありました。

(これが間違いだったのか…

「お盆、正月、ゴールデンウイークには周りの人はみんな帰って来てるのに

私も楽しみにしてるのに、

あんたは帰ってこないの と言われ、

しばらくは旦那と一緒に帰ってはいましたが

旦那も自営業で仕事も忙しくなると

私と子供で帰るようになり、

「何で一緒に帰ってこないのと言われ

反対に義母には「また帰るのと言われ

何だかね~~って状況でした。

極めつけは、料理を作ったものを

タッパーに入れ、魚やらお菓子やらを

何度も宅急便で義父宛に送ってきて、

義母からは「お母さんは料理がうまいから

私が作ったよりは、お母さんから送ってもらう方がいいわね~~」

いやみを言われ、

クール便で送られたものは誰も開けることなく

夜までそこに置いてありました。

仕方なく、私が片付け、お礼の電話をし、

「義母さんからはお礼の電話も無い」と怒られ…

何が何だか…状態でした。

私の家での立場が悪いから、

頻繁に送るのは止めて欲しいと懇願しても、

「私は楽しみで送っている、みんながしてる事だ」

全く聞く耳を持ってくれませんでした。

2人暮らしならともかく、親との同居なのに…

その頃は主人からも、

あまりの宅配便の多さに「近所からのわらいものだ」

と言われていました。

…そうそう、

旦那の親との同居は母が、

「あんたが旦那と2人暮らしなんて無理だから、親と同居しなさい

「親と同居したら朝は5時に起きて、掃除や洗濯、炊事をするんだよ

・・・と言っていたのです…

旦那から言われた言葉…

「親と縁を切ってくれ!!」

笑 

そういう事になるわけです…

今となっては笑い話になるんだけど、

若い時って、ほんと 不器用


親という厄介な存在  ***その2

2010-03-15 00:16:10 | ブログ

私が高校生になった頃

部活で遅くなると

バス停から家に帰るまでに

何人かの人に言われた。

お母さんが心配してたよ

母は家の前で待っていた。

「まだ帰ってこなくて、心配で待ってるんだよ」

周りの人に言いながら…

ひとりしかしかいない子供(娘)は

本当に心配だったらしいけど…

でも、私にしては相当ウザい笑)

高校三年生の時、人並みに彼氏ができた。

でも、ちょっとでも遅くなろうものなら

かなり怒られた。

ま、これは父にも母にもだったので

厳しい家庭には良くある話だ。

門限は8時だった。

ある日、近くの駐車場で車をとめて話をし(2つ上の彼氏だったので、車を持っていた)

1、2分過ぎて帰ると、警察に電話するところだったと

受話器を持って玄関に立って、大声でわめいていた

たぶん私の足音を聞いて受話器を持ったのだろう…

。。。

年頃になり、結婚したいと言ったら

猛烈に反対された。

ま、ひとり娘は婿養子を取って

出来れば家業を継ぐというのが

(そのころの一般的な?)親の考えだったから…

そうやって、過干渉の中で育つと

どうしても親元から離れたいものだ(笑)

反対されれば、反対されるほど

反発した。

最後には父は娘の幸せを願って許してくれたけど、

母は狂った…

       …ふりをした…!?

「あなたは誰?そんな名前聞いたことがない…」

本当に狂ったのかと本気で思った

私は精神病院に相談の電話をしたくらいだから…

      …が 直ぐに治った

いつものパフォーマンスだった…(たぶん)(笑)

面倒臭い親を持ったもんだ

旦那に言われた。

「うちの親に別れさせてくれって電話があった

娘には絶対言わないようにと。

うちの親にも息子には言うなっていったらしいけど

うちはなんでもちゃんと言うから…」…と

娘の幸せを願わず、陰でこそこそ結婚を邪魔する親ってどうなんだろ

ま、今は少なくなったと思うけど

昭和の時代はそんなこともあちこちであったのかも…な…???