西武線の中村橋駅に練馬区立美術館という地味にお気に入りの美術館があるんですが、そこで戦後美術の現在形 池田龍雄展-楕円幻想 という興味深い展示をしていたので観てきました。
池田龍雄どこかで聞いたことあるなあと年表を見てみると、なんと《世紀の会》の参加者!私が卒論で扱った勅使河原宏や安部公房と系譜を同じくするアーティストでした。なんでも絵画部を新設したのだとか。
そんな彼の作風は過去から現在に至るまで、非常にエッジが効いていて一貫しています。
戦争を経験してから激動の戦後を過ごした池田。《アヴァンギャルド芸術研究会》で芸術改革を志し、《世紀の会》を経て《プボワール pouvoir》を立ち上げます。
しかし、朝鮮戦争の勃発とともに政治改革の必要性も感じた池田は、純粋に芸術を追い求める《プボワール pouvoir》を解散し、《NON》という共同制作の実験的なグループを立ち上げるなど新しい模索を始めます。
そんな中辿り着いたのが、ルポルタージュという現場主義の手法。内灘闘争や資本主義という価値観の席巻に関心を抱きながら、筆致の荒々しいビゼーのような絵画を制作していきます。
池田龍雄《網元》(1953年)
池田龍雄《大通り》(1954年)
ルポルタージュの技法を確立していく一方で、当時輸入されていた最新の潮流アンフォルメルに感化され、池田は現実という実態を否定(アンフォルメル)し、化物に準えた「化物の系譜」シリーズの制作に取り掛かります。
池田龍雄 化物の系譜シリーズ《行列》(1955年)
池田龍雄 化物の系譜シリーズ《ゴム族》(1956年)
そしてテーマは徐々に政治性を失っていき、楕円の理念に通じる対極主義的な制作をしていきます。
池田龍雄の影響を受けた楕円の理念とは、曰く花田清輝の言葉でした。
我我は、なほ、楕円を描くことができるのだ。それは、驢馬にはできない芸当であり、人間にだけ、ーー誠実な人間にだけ、可能な仕事だ。しかも、描き上げられた楕円は、ほとんど、つねに、誠実の欠如といふ印象をあたへる。諷刺だとか、韜晦だとか、グロテスクだとか、ーー人びとは勝手なことをいふ。誠実とは、円にだけあって、楕円にはないやうなものの気がしてゐるのだ。いま、私は、立往生してゐる。思ふに、完全な楕円を描く絶好の機会であり、かういふ得がたい機会をめぐんでくれた転形期にたいして、心から、私は感謝するべきであらう。
花田清輝『楕円幻想ーーヴィヨン』
楕円とは中心が二つあることであり、それが実に人間的である、というのが彼の考え方です。円は中心が一つしかなく、それが完全であるかように振る舞う。一方、楕円は正しさを唯一としない人間らしい葛藤を示すという考えです。
二局を設けるということは、岡本太郎の対極主義の思想にも近いでしょう。相反するものを同じキャンバスに配置する。止揚によってより高みへと到達するヘーゲル的な考えを感じます。
池田龍雄の作品は、ルポルタージュを経てそうした対極主義的な思想を持つようになります。楕円を扱った《楕円空間》や宇宙を思わせるような《BRAHMAN》シリーズです。
池田龍雄《楕円空間》(1963-1964年)
特に幾何学的な図形と有機物的なモチーフの組み合わせとなっているところに対極主義的な思想が垣間見えます。
晩年は《場の位相》シリーズでインスタレーション的な立体作品も制作しているようで、精力的に活動を続ける姿勢に天晴れですね。
いつまでも精力的な姿勢を持ちたいものです。
池田龍雄どこかで聞いたことあるなあと年表を見てみると、なんと《世紀の会》の参加者!私が卒論で扱った勅使河原宏や安部公房と系譜を同じくするアーティストでした。なんでも絵画部を新設したのだとか。
そんな彼の作風は過去から現在に至るまで、非常にエッジが効いていて一貫しています。
戦争を経験してから激動の戦後を過ごした池田。《アヴァンギャルド芸術研究会》で芸術改革を志し、《世紀の会》を経て《プボワール pouvoir》を立ち上げます。
しかし、朝鮮戦争の勃発とともに政治改革の必要性も感じた池田は、純粋に芸術を追い求める《プボワール pouvoir》を解散し、《NON》という共同制作の実験的なグループを立ち上げるなど新しい模索を始めます。
そんな中辿り着いたのが、ルポルタージュという現場主義の手法。内灘闘争や資本主義という価値観の席巻に関心を抱きながら、筆致の荒々しいビゼーのような絵画を制作していきます。
池田龍雄《網元》(1953年)
池田龍雄《大通り》(1954年)
ルポルタージュの技法を確立していく一方で、当時輸入されていた最新の潮流アンフォルメルに感化され、池田は現実という実態を否定(アンフォルメル)し、化物に準えた「化物の系譜」シリーズの制作に取り掛かります。
池田龍雄 化物の系譜シリーズ《行列》(1955年)
池田龍雄 化物の系譜シリーズ《ゴム族》(1956年)
そしてテーマは徐々に政治性を失っていき、楕円の理念に通じる対極主義的な制作をしていきます。
池田龍雄の影響を受けた楕円の理念とは、曰く花田清輝の言葉でした。
我我は、なほ、楕円を描くことができるのだ。それは、驢馬にはできない芸当であり、人間にだけ、ーー誠実な人間にだけ、可能な仕事だ。しかも、描き上げられた楕円は、ほとんど、つねに、誠実の欠如といふ印象をあたへる。諷刺だとか、韜晦だとか、グロテスクだとか、ーー人びとは勝手なことをいふ。誠実とは、円にだけあって、楕円にはないやうなものの気がしてゐるのだ。いま、私は、立往生してゐる。思ふに、完全な楕円を描く絶好の機会であり、かういふ得がたい機会をめぐんでくれた転形期にたいして、心から、私は感謝するべきであらう。
花田清輝『楕円幻想ーーヴィヨン』
楕円とは中心が二つあることであり、それが実に人間的である、というのが彼の考え方です。円は中心が一つしかなく、それが完全であるかように振る舞う。一方、楕円は正しさを唯一としない人間らしい葛藤を示すという考えです。
二局を設けるということは、岡本太郎の対極主義の思想にも近いでしょう。相反するものを同じキャンバスに配置する。止揚によってより高みへと到達するヘーゲル的な考えを感じます。
池田龍雄の作品は、ルポルタージュを経てそうした対極主義的な思想を持つようになります。楕円を扱った《楕円空間》や宇宙を思わせるような《BRAHMAN》シリーズです。
池田龍雄《楕円空間》(1963-1964年)
特に幾何学的な図形と有機物的なモチーフの組み合わせとなっているところに対極主義的な思想が垣間見えます。
晩年は《場の位相》シリーズでインスタレーション的な立体作品も制作しているようで、精力的に活動を続ける姿勢に天晴れですね。
いつまでも精力的な姿勢を持ちたいものです。
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