可能性をぎりぎりに
おしすすめて行くことこそが、
私の存在理由を決定する。
自分の可能性というのは分からない。
とことん突き詰めていくしかないのだ。
その行為の中にこそ自分の存在理由が見えてくるのだ。
「失われた青春」より。
自分ではわかっているつもりでも、なかなか現実には難しいことであり、一般的に人間は直ぐ自分の限界を作って、それから逃げだしてしまうのである。
少しでも可能性のある限り、勝利に向かってすべての力を傾注して臨むことが肝心であり、それが時として奇跡のような結果を生むことも、何度も子ども達の頑張りから教えられている。
卓球の指導に携わった今から約36年前、全国大会を決める決勝戦で当時21点先取だった頃、セットオールの13-20から追いつき、ジュース・アゲインを繰り返し32-30の大逆転を成し遂げ全国の切符を勝ち取った選手とチームがいた。
わたしの本格的な指導人生の幕開けである。