北岳は、日本第二の高峰なので、その頂点に立てたんだから本来ならば印象も深いはずなのに、ほとんど覚えていない。やはり、八ヶ岳の恐怖の「麦草峠」や霧ヶ峰の「和田峠」があまりにも強烈だったからだろう。
北岳から下山して、広河原のキャンプ場で1泊。翌朝、テントを撤収して再度サイクリングの旅に出発。出発してしばらく走っていると、そのキャンプ場で一緒になったサイクリストが、「これ、キャンプサイトに落ちていましたよ」とわざわざ忘れ物を届けてくれた。
それは、自転車の空気入れの所にある「リング」と「虫ゴム」。親切にされたことは36年経った今でも覚えている。
北岳の登山口「広河原」から富士五湖へ向かったのだが、今、地図を見てもどうしてもそのルートが思い出せない。広河原から富士五湖の間には、南アルプス国立公園の3000mを超える「赤石山脈」が縦走しているので、そこを自転車で横断することはできない。
たぶん、もと来た道「南アルプス・スーパー林道」を引き返して、茅野市を経由して甲府市に行き、それから富士五湖に行ったのだと思う。
富士五湖では、「本栖湖」、「精進湖」、「西湖」、「河口湖」、「山中湖」とサイクリングした。富士五湖もあまり印象がない。富士山は目の前にあるが、当初から登山の予定はなかった。精進湖の近くにある「青木ヶ原樹海」に迷い込んでいたら今頃は・・。
山中湖から最寄りの鉄道駅である「小田原」に行き、2週間(3週間かも知れない)に渡った合宿も終わり。自転車をまたばらばらにして、途中、乗り換えのため静岡駅で下車。その静岡駅で・・。
静岡駅前地下街爆発事故の記事は今でも覚えている。
静岡駅前地下街爆発事故→https://matome.naver.jp/odai/2143799889153380701
記事によると、1980年(昭和55年)8月16日に、地下街で爆発事故が起こり15人が死亡、223人が負傷する大惨事となった。私達がこの事故を知ったのは、翌々日頃、佐賀に着いた時。地下街で食事をしたので、合宿日程が前後していたらこの事故に巻き込まれていたかもしれない。無事、帰れて感謝。
佐大ワンゲル合宿記「信州編」はこれにて。
次回の合宿記は、「大雪山縦走」。