ヤコブには「欺く」という意味合いがある。
また、ヤコブは生まれてくるときにエサウのかかとを掴んで生まれたことから、かかとの「アケブ」にちなんでヤコブと名付けられたとも言われる。
弟のヤコブは、イサクをだまして兄の権利を奪った。
「私は二度も彼から足を引っ張られ欺かれた」(旧約聖書創世記27章)
ヤコブはエサウのかかとを引っ張って生まれてきたように、その後も兄の人生を引っ張り続けた。
どうしてそうなったのか。
神様の祝福をなんとかして受けたい、その一心で行ったことであった。
兄を騙し恨まれ、故郷を追われた。
しかし、ヤコブは再び父のもとに帰ってくることを誓っていた。
兄から殺されるかもしれないという不安を抱えながらも、ヤコブは帰ってきた。
兄の領地に入る境界線でヤコブは神様と対面し、神から名前を聞かれる。
「僕はヤコブです!あなたから祝福をもらえるまでは放しませんよ」
ヤコブは神と取っ組み合いをし、勝つ。
当時の名前には、その人の全人格を表す意味合いがあり、今よりも特別扱いされていた。
なんとしてでも神の祝福を得る、というヤコブの気持ちは認められ、「欺くもの」というヤコブの名から、「お前はイスラエルや」と改名させられる。
イスラエルは「神の戦士」「神が守る人」という意味。
他人を代償に祝福を得る者から、純粋に神を求める本質的な信者へと変わった。
アブラハム、サラも神様から改名されているが、神様から名をもらうことは、聖書においては大きな意味があった。
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