大分日帰りドライブ旅行の続き。
宇佐市から隣の日出町(ひじまち)に向かい、人間魚雷「回天」の訓練基地跡を見学。
そこから少し戻る格好で、別府湾にたたずむ日出城址へと向かった。
日出藩の城として、廃藩置県まで存在した優雅な城だ。
二の丸館。
日出城址の脇にあり、観光情報センター,土産物屋,食堂などの施設が入っている。
城址見学の際の駐車場にも利用されるようだ。
中央の門は日出城の裏門櫓が再現されたもの。
日出城。
別名、暘谷城(ようこく)。
江戸時代初期、日出藩初代藩主、木下延俊が築城。
廃城される明治時代まで、戦火に見まわれることなく、この地にたたずんだ城。
木下延俊は、豊臣秀吉の最初の正室、寧々の甥にあたる。
元々は若狭の小領主だったが、義兄だった細川忠興に従い、
関ヶ原の戦いで東軍(徳川方)に付き、その際の戦功で加増となり、この地を拝することとなる。
その後の大坂の陣でも徳川方に付き、改易されることなくこの地を治めた。
日出城址の概略図の看板と、堀の跡。
堀の一部は小学校のプールになっている。
国道10号線から県道に入り、案内標識に沿って車を走らせる。
すると城下町らしき たたずまいの建物が見えてきた。
駐車場が判らず、細い道をそのまま突き進んでいくと、海岸沿いの行き止まりに・・・。
ここも城址の一部なんじゃないの?って場所で車を転回して引き返す。
けっきょく城址のすぐ脇にあった、二の丸館なる土産物屋の駐車場に車を止めた。
当時、城の周りをぐるっと百数十本植えられていたという松。
年季が入っていびつな伸び方をしたこの松の木も当時からのものだろう。
二の丸館を出ると、瀧廉太郎の銅像がお出迎え。
"荒城の月"って、竹田市にある岡城址じゃなかったっけ?
そう思いながら案内看板をよくよく見てみたら、彼の父親の生家がこの地に有り、
その祖先は、代々日出藩の家老をつとめた上級武士の家系だったとか。
そんな縁で、この地に瀧廉太郎の銅像が建てられているようだ。
あと、"滝”廉太郎じゃなくて、"瀧”が正解なのだと、このとき初めて知る。
でも"たきれんたろう"で変換すると、"滝廉太郎”になるんだ。
城址の脇に建っていた、音楽家・瀧廉太郎の銅像。
本人はこの地出身というわけではなく、父親の生家が城下町にあったという。
幕末まで、瀧家は代々日出藩の家老だったらしい。
ここから徒歩で日出城址を散策。
案内看板を見ると、ここから海岸まで全てが城郭だったようだ。
水堀や石垣の一部を残して破却されてしまってはいるが、
門や櫓の一部は移転されたり、再現されたりして残っている。
さっそく堀の跡を眺めながら、
既に視界に入っている立派な石垣を目指して海岸の方へ坂道を下っていく。
途中、鐘楼が見える。
なかに古びた釣鐘が設置されていた。
三代藩主が藩祖を偲んで造らせたという時鐘(じしょう:時刻を知らせるための鐘)。
現在はこの本丸跡地には小学校が建っており、
ここの生徒が毎朝八時に鐘をついているのだとか。
小学校の敷地内に設置されているため近づくことができず、
残念ながら、間近でその鐘を見ることはできなかった。
道を間違えた際、左の写真の下の方で車を転回した。
たぶん入っちゃダメなとこ。
坂を下っていく。
さっき誤って車で突き進んだ道。
海岸に到達すると、雰囲気のある整備された道路に出る。
前方には別府湾。
後方には日出城址の石垣。
素晴らしい景観の海岸沿いのその道路を、
散歩をしたりジョギングをしたりしている人がちらほら。
カップルが身を寄せ合って海を眺めている姿も。
日出城下の海岸沿いの道。
車は入れず、地元の方の散歩・ジョギングコースになっているようだ。
石垣の上に民家が立ち並んでいるのが凄い。
対岸に見える別府の温泉郷。
立ち上る湯気が見える。
城下のすぐそばにあった、城下かれい(マコガレイ)の養殖場とおぼしき建物。
日出城址の石垣の外側は公園になっている。
ここを散策する。
桜の木がたくさんあり、春に来れば見事な景観なんだろう。
サザンカとスイセン、それと季節外れのツワブキが花を咲かせていて、
落葉した木と、枯葉の堆積した寂しく寒い光景に少しだけ明るさをたたえていた。
ところどころ石碑やらが建っている。
俳人・高浜虚子がこの地で詠んだ句の石碑や、
この海で沈んだ、軍艦・海鷹(かいよう)の記念碑などがあった。
本丸の外側は散策できる公園になっていた。
高浜虚子の句碑と軍艦海鷹の碑。
元々民間の豪華客船、"あるぜんちな丸"だった海鷹。
太平洋戦争が始まると海軍に徴用され、母艦に改造されて"海鷹"と命名される。
後方支援として戦闘機や燃料の輸送任務に従事していたものの、
呉で被弾損傷してからは別府湾に移され、特攻兵器(回天か?)訓練の標的となる。
機雷で動けなくなったところへ、空襲によって着底して最期を迎える。
複雑に入り組んだ石垣を登ったり降りたりを繰り返しながら散策する。
途中、石垣の頂上まで登れる道があり、それを上りきると小学校のグラウンドに出た。
日出城の本丸跡は日出小学校になっている。
この敷地内のどこかに「日出城址」の石碑があるはずなんだけど・・・。
城址に来たからには、その石碑を拝みたい。
石垣を上って来た道とグラウンドには、何の柵もフェンスもなく、自由に出入りが可能。
とはいえ、学校内に立ち入るわけにもいかないし・・・。
けっきょくグラウンドには立ち入らなかった。
石垣を最上段までると、小学校のグラウンドに。
そんな広い敷地ではないが、じっくり隅々まで散策する。
公園内はアップダウンがあり、雨でぬかるんでいる部分もあり滑りやすい。
濡れた石の階段も滑りやすく、石垣はいきなり途切れて崖になっている部分も多々ある。
子ども連れで来る際は、親が子の手を引いて散策するべき。
いや、子ども連れてこんなとこ来るひとは居ないか。
それと・・・やたら野良ネコの糞が設置されているので、踏まないように気を付けよう。
二個ほど踏みかけた・・・。
石垣作りのプロ集団、穴太(あのう)衆によって造られた日出城の石垣。
どこから見ても絵になる。
日出城址をじゅうぶんに散策し、近くにあるという大サザンカを観に行く。
巨大なサザンカの木で、県の天然記念物に指定されているらしい。
案内看板があったので、それに沿って歩いて行くと・・・。
数十メートルほど住宅街を通って、となりにある中学校の敷地に入っていく。
え?これ入っていってもいいん?
だが矢印付きで案内看板もある。
もう目の前にそれが見えている。
ああ、あれだな。
ガイドにも載っているし、たぶん入ってもOKだろう。
日曜だから生徒も教員もそんな居ないだろうし大丈夫。
しかし、カメラ手に入っちゃ怪しまれるかな?
部活中の女子生徒なんかに出くわしたら、ブルマ撮影しに来た変質者と思われても仕方がない。
あ、ブルマって十数年前に絶滅したんだっけ。
そんなしょうもないことを考えながら、校舎脇にそびえたつ巨大なサザンカを観に行く。
花の盛りは過ぎたようで、寂しくなっていたものの、
サザンカらしからぬ、年季の入った太くていびつな幹を見て唸ってしまう。
樹齢は400年以上らしい。
高さは7~8メートルくらいだろうか?
三階建ての校舎と同じくらいの高さだった。
植わっている場所は武家屋敷だったそうで、その庭に植えられていたもの。
原種ではなく改良品種のサザンカ。
当時から品種改良がなされていた証拠となる貴重な木なんだとか。
そこかしこで見られる城下かれい。
大サザンカも見物し終えて車へ戻る。
午後3時になろうとしていた。
いい加減に腹が減っている。
日出に来たからには、城下(しろした)かれいを食べなきゃ。
二の丸館にも食堂があったけれど、メニューをみてみると、
スパゲッティだのカレーだの、親子丼だの・・・。
喫茶店の軽食じゃん。
もっと観光施設らしく、郷土感あるメニュー揃えといておくれよ。
土産物屋で売られていた、かれいの箸置き。
カラフルなのがたくさんあって、思わずコレクションしたくなった。
入ったけれど、高そうな雰囲気に圧倒されて出てしまったお店。
呼子でひとり7,500円もした、イカの踊り食いコースを堪能したんだし、
今思えば、多少高かろうが食べておくんだったと。
通りに出て、飲食店を探す。
大きな かれいのオブジェが目立つ、古いたたずまいの和食屋を発見。
間違いなく城下かれいが味わえる!
そう思ってのれんをくぐったら・・・カウンターに整然と並んだ箸や盆。
・・・!
これは、かなりお高いお店に違いない!
「営業中」の看板が出ていたものの、中途な時間だったからか、
幸い店の人が誰もおらず、そそくさと店を出た。
その後も付近をうろちょろ探したけれど、それっぽいお店は見つからず。
けっきょく宇佐まで戻って、宇佐からあげを堪能して帰った。
こうして大分日帰りドライブ旅行終了。
大分は近いし気軽に行ける。
日出町と同じく城のある杵築や、昭和レトロの豊後高田にも行ってみたいな。
ちょっと遠いけれど、湯布院や竹田,九重にも行きたい。
湯布院ロールに、かぼすソフトに、九重夢バーガーだ!
食うことばっか。
カラフルなカレイの箸置きのなかから、ひとつチョイスして購入。
まあ、箸置きなんて使わないんだけどね。
二の丸館には水槽が置かれ、城下かれいの幼魚が泳いでいた。
水槽に「全部で*匹います。全部見つけられるかな?」みたいな貼り紙が。
カレイは底砂に潜って身を隠していたり、擬態していてたりして全て探すのは困難。
部屋にたまたま飾ってあった、マコガレイのフィギュア。
日出町特産の城下かれいは、このマコガレイ。
サムス、埃かぶってるな・・・。
ドラゴンクエストⅩで釣れるカレイ。
日出町は かれいとカレーをかけて、カレーを名物にしている模様。
この日出焼のかれいをかたどった皿が欲しかったんだけど、けっこうなお値段だったのでやめた。
日出町内の酒店の裏口にて。
おお!こんなとこにも城下かれいのオブジェが!
そう思ってデジカメ持って近づいたら、焼けて溶けたポリバケツのフタ?でした。
しかし、しっかりと紐で吊るされて、こんなだけど何かの用途で使用されている模様。
何に使ってるんだろう・・・?
瀧廉太郎先生の銅像の顔アップ。
音楽の教科書で、バッハとベートーベン、そしてこの瀧廉太郎、間違いなく落書きしたよね?
カレイの町のカレー、食べてみたいなー
いたる所にカレイがあるんですね。
カレイの箸置き、
愛嬌のある顔が可愛いなぁ。
コメントありがとうございます。
カレイ町のカレー、ただのダジャレじゃん!って、
当日は興味なくってスルーしたのですが、
帰宅して写真にも上げているパンフレット見てみたら、
マグロ唐揚げカレーとかアジカレーとか、
カレイカレーとか、一風変わったカレーを提供するお店が紹介されていて、
このパンフから一店選んで食べてみるのも良かったなあと思いました。
カレイの箸置き、いろんな色、色んな模様にペイントされていて、
けっこう迷ったんですが、けっきょくはシンプルな黄色のものを選びました。
これ塗る職人さん楽しいだろうなあ。