四 教授会を仕切るのは学長。だが、その時の学長が着任したとき私にはよく分からない話が耳に入ってきた。
「そうなんだ、あの大物がねぇ~。」
「決着がついたらすぐ移動するだろうけど。」
こんな声が聞こえていた。どうやらこの学長は偉い人らしい。そして、決着をつけるべき事柄というのが助教授問題だったようだ。
大学の看板を掲げているのに学内の昇格人事が無い。これは大学として極めて異常だと言わざるを得ない。
しかし、学内で助教授を昇格させたら国立大学の定年退職者の受入ポストが無くなる。
この解決困難な問題を再任制限というやり方で解決すべく送り込まれた大物がこのときの学長だったようだ。
大物であれば2回の再任で放り出される助教授連中も抵抗はできないだろうという読みがあったらしい。後日、事情通が教えてくれた。
教授会が始まった。たしかに出席者がいつもより少ない。その割には助教授の数が多く感じた。
机上配布の資料は少ない。
いつもならば、その多さに目を通す気にもなれない程の量の資料が添付されているのに、この日は数枚であった。
議事は二つ。一つはたいしたこともない事項でまさに数秒で終わった。これも作戦かなと感じた。
助教授連中の臨戦意識が私に移ったような気がした。
担当課長が問題の議事の趣旨説明に入った。何とも言えない重い空気と圧力が私にのしかかって来る感じがして、このとき初めて私に課せられた任務の重さを実感した。
「学則の改正」という見出しの議事には確かに「教授の再任回数を3とする。助教授の再任回数を2とする。」との記載があった。
「この件について『(案)』の通り決することでご異議は御座いませんでしょうか。」と、いつもの当たり障りのない議事のときと同じように議長である学長の声が響いた。
「すっげぇ~圧力。何でこんなときばかり俺なの。」と腹でつぶやきながら、「はぁ~い。」と手を上げた私。
「あっ、○○先生どうぞ。」と私が指名された。
私「これはできないですね。教授会で決められることではないですね。仮に決めても無効ですから。」
学長「いや、学則だから学則の改廃手続は教授会の議を経ることになっているのでできますが。」
私「いや、そうではないんです。試験やカリキュラムや採用の可否投票は教授会でできますが、この議事は現職教員の身分にかかわる事項なので、本来は労働協約に委ねるべきものなのですね。それが何故か本学では学則に書いてあるだけなので、学則に書いてあるから教授会の議を経れば変えられるというものではないですね。」
静寂。
ひな壇では事務方と執行部がもぞもぞ。しかし、ほとんど間をおかず思わぬ味方が登場。
味方の先生「いま〇〇先生(=私)ですか、おっしゃたことはそうなんですよ。最高裁でも認められていることで、私も労働法の専門家として講義で話していることですね。」と。
本学に労働法の先生がいるとは知らなかった。名も知らぬ教授の先生が援護射撃をしてくれた。
学長「それでは、これは継続審議とします。他に議事はありますか。」
~~~
「いやぁ~、やったね~。」とか、「ありがとう。」とかいう言葉や感想は一切なく、いつものように助教授連中は会議室を出て行った。
誰も、誰一人として私と関わりを持ちたくないのである。「あれは〇〇が勝手にやったことでじぶんたちには関係ない。」ということだ。
万一、執行部の目に止まれば、とばっちりを受けるかも知れない。それが怖いのだ。
その後、継続審議となったはずの例の議案は出てこなかった。結果的に私は自分を含め助教授連中を救ったのだと思う。だが、それに関して何の反応もなかった。
妻の「やっぱり」にはもう一つ思い当たることがあった。(つづく)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます