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ノーベル文学賞を何度も辞退している謎の覆面作家トマス・ピンチョンによる「LAヴァイス」が原作。何せ名誉とか栄誉とか目立つことには一切興味のない作家さんだそうだが、今回初めてお墨付き与えた映画になんとピンチョン自らカメオ出演しているという噂も。
ヒッピー文化への言及が多い原作は、ピンチョン著作の中でも最もわかり易い部類に属するらしいが、映画を見る限り登場人物や団体名を覚えるだけでも一苦労、サイケカラーの?マークがいくつも浮かぶカオス感満載の内容だ。
70年生まれのPTAにとっては、ベトナム戦争が泥沼化した70年はリアルに青春期を過ごした時代ではなかったはずだが、当時のポップ・カルチャーを再現した数々のガジェットはマニア心を結構くすぐるらしい。
フィリップ・マーロウ主人公の探偵小説にオマージュを捧げた映画冒頭シーンにはじまり、知らない人が見たらウルヴァリンにしかみえないドク(ホアキン・フェニックス)の髭は、ニール・ヤングなどの歌手が当時たくわえていたマトンチョップスと呼ばれる代物だという。
坂本九のSUKIYAKIはお約束としても、サイケ風からミニー・リパートンやチャック・ジャクソンのクラシック・ソウルまで、使われていた楽曲は、曲を聴いたことのない人でもラブ&ピースな70年を連想させる選曲だ。
しかし映画は同時に、そんなアメリカン・ポップカルチャー衰退の起点となったチャールズ・マンソン 事件や、土地開発のためインディオを追い出したLAの暗い過去、歯医者や精神科医、麻薬カルテルにFBIそしてLAPDまで、巨悪に加担する白人支配層をシニカルに描き出す。
昔の恋人から依頼された愛人失踪事件調査のはずが、いく先々で聴取人から別の依頼を受けて、マリファナ中毒のドクの頭の中同様、観客の皆さんをひたすら混乱の渦に巻き込んでいくストーリーに、木を見て森を見ないシネフィルの皆さんは確実に置いてけぼりを食わされるにちがいない。
原作には登場するヴェガスのくだりを省き、精神病院における“再生プログラム”を受ける人々をラストのオチに持ってきたPTAの真意は一体何だったのだろう。
「無賃住宅」の建設構想を夢見る不動産王、FBIの雇われ潜入捜査員を辞めたがっているコーイ(オーウェン・ウィルソン)やLAPDに飼われている殺し屋の子分、そしてその殺し屋に相棒を殺されたトラウマに悩むビッグフット(ジョシュ・ブローリン)もまた、インヒアレント・ヴァイス(内在する瑕疵)から発せられる声なき声のせいで精神を病んでいたのではないか。
悪徳がはびこるLAをアメリカ固有の瑕疵ととらえた原作者同様、「ビッグ・リボウスキ」のコーエン兄弟が徹頭徹尾性悪説に則っている映画監督だとすれば、PTAは“敷石の下はビーチ”であることを信じている数少ない監督のうちの1人だと思うのだがどうだろう。
インヒアレント・ヴァイス
監督 ポール・トーマス・アンダーソン(2014年)
[オススメ度
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