最近はすっかり肩の力が抜けて“怒り”もおさまったのか、深田晃司は問題作をコンスタントに世に送り出しているようだ。甥っ子の達雄がおこした女子高生連れ去り事件のせいでとんだとばっちりを受けた訪問看護師の市子(筒井真理子)が、女子高生の姉でニートである基子の彼氏(池松壮亮)を誘惑し復讐するといったお話だ。
時系列通りにエピソードを並べると面白さが半減することに気がついた深田監督は、マスゴミに攻撃されだんだんと精神を病んでいく市子の頭の中のように、(タランティーノの『パルプフィクション』のごとく)時系列を無視してリニアなストーリーテリングをあえてノンリニアに解体して見せた。なるほど、動物園で“サイの勃起”を眺めるシーンなどは、こうして2つ並べると見た目以上の“異常さ”が筒井の演技から確かに伝わってくるのである。
タイトルの“よこがお”とは、他人の一面しか見ようとしない人間の愚を暗示したタイトルで、深田監督も大層気に入っているのだとか。加害者と被害者、異性愛と同性愛、動物と人間、恍惚と鮮明、現実と妄想....同じヒマワリを眺めてもゴッホは“希望”をイメージし、モンドリアンは“死”をイメージしたと美術館で語っていた市子は、この時すでに狂気と正気の“淵に立つ”ていたのかもしれない。
深田監督は、そもそも人間の二面性なんかいったって簡単に線引きできるはずがない、と考えているようで、同一登場人物の中に普段隠れている“二面性”を本作で暴きにかかったようなのだ。しかしどうも腑に落ちないシーンが“二つ”だけ、心に引っかかってしまうのである。復讐を果たした後、カラーの色落ちで髪色が緑になった市子が入水するシーンと、市子と同じ訪問看護師になった基子(市川実日子)を見かけた市子が車の中でロングホーンを鳴らすラストシーン。
深田監督曰く、両方とも市子の妄想ではなく現実のシーンとして撮ったようなのだが、その意図がなかなか観客にはわかりづらい。かつて池松壮亮演じる美容師に艶々の髪を誉められた市子は、ヘアカラーを落とし〈緑の黒髪=艶のある黒髪〉に戻って“清濁”併せ呑む決意を固めたのではないだろうか。この後、刑期を終えた甥っ子を刑務所へ迎えに行き、東京で心機一転二人で新生活を始めるのである(その時の髪色は白髪交じりのブラウン)。
すでに売家となっていた基子の家を後にした市子と甥の達雄は、横断歩道で看護師服を着た基子を発見するのである。患者が落とした持ち物の拾得に手間取る基子。市子が運転する車がジワジワと基子に近づいていく....そして基子が横断歩道を無事渡り終えた時、市子はロングホーンをけたたましく鳴らすのである。もしかしたらそれは、鬼畜へ落ちる寸前までいった自分=市子に対して鳴らしたクラクションだったのかもしれない。
よこがお
監督 深田晃司(2020年)
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