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15年前にTV番組で知り合ったグンナル・ヨンソンを主人公にしていつか映画を作ってみたい。監督の(マニアックな?)念願がかなった本作は、プレスリーの名曲と同名の邦題とはほとんど関係がない。心優しき自閉症男に恋人ができ自立するまでを描いた成長物語である。監督さんいわく、映画の原題にもなっている主人公の名前“フーシ”を逆再生すると“イエス(・キリスト)”と聞こえるそうで、キリスト教における罪の意識を描いた作品でもあるという。
フーシに彼女ができないことを心配しながら精神的にフーシを束縛する母親。なにかというとフーシをからかいいじめる会社の同僚たち。フーシを幼児性愛者と疑い警察につきだす隣人。フーシを終始振り回すうつ病のガールフレンド。そんな彼ら彼女らの“罪”に対しても「気にするな」の一言でさらりと受け流す主人公フーシは、右の頬を殴られたら左の頬を差し出すキリストをモデルにしていると云ってもいいだろう。
ダンス教室で知り合って一時はフーシといい感じだったガールフレンドが、突如としてうつを発症したことに違和感を覚えた方も多かったのではないだろうか。実は、映画の舞台となっているアイスランド、うつ病発生率14%(日本は5.7% )と 欧州では断トツ1位のうつ病大国なのだ。地味な模型作りとラジオ番組へのリクエスト以外これといった趣味のないフーシ同様、氷と火山の国の皆さんは、過酷な自然環境をやり過ごす術をあまり持たないお国柄のようなのだ。
そんなうつ病の彼女を献身的な介護で立ち直らせ、さてこれから💓😍💓の同棲生活という時に「やっぱ無理」と突き放され、今更母親のいる実家にも戻れないフーシ。困りきったフーシが、彼女と行くはずだったエジプトへ一人旅立つところでこの映画は終わっている。予算が足りずにエジプト観光シーンのロケが没になり、シナリオを書き直したせいでこのエンディングになったとか。個人的にはかえって余韻を残すいい終わり方になった気がする。
さてこのフーシ、エジプトに行って一体何をするつもりだったのだろう。「エル・アラメインの前に勝利無く、エル・ アラメインの後に敗北無し」とうたわれた第二次大戦時の戦場があるエジプトを訪れてどうするつもりだったのだろう。フーシがそのジオラマ作りに没頭するシーンが再三登場していたが、心優しき“北欧のトトロ”が自閉症を克服し、連戦連勝男へと変貌を遂げる“転換点”を描こうとしていたのだろうか。「やっぱり無理」とEUへの加盟申請を土壇場になって取り下げた、政治汚職の無いクリーンなアイスランドと主人公フーシを重ねて見ても楽しめる1本だ。
好きにならずにいられない
監督 ダーグル・カウリ(2015年)
[オススメ度 ]