
ロシア側から読んでもUSA側から読んでも「ANNA」となる回文映画タイトルは、“アナ兄弟!?”である米ロ情報局員双方から暗殺指令を受ける女二重スパイのメタファーだろう。「観客の知性を試される」とのベッソン自らのコメントが寄せられているようだが、単純にカットバックを数回挿入しているだけで特に“難解”という印象もなく、エンタメアクションムービーとして普通に楽しめる1本だ。この映画を難しいというのなら、同じ回文タイトルの『TENET』など到底理解に及ばないだろう。
犯罪に手をそめた素人娘がやばい組織にスカウトされ、暗殺者育成プログラムを経て、組織のために暗殺を請け負うというストーリーは、ベッソン自身が監督した「ニキータ」と非常によく似ている。本作の場合育成期間中のお話はばっさりとカットされ、その代わりに主人公のANNAちゃんが二重スパイにされてしまうまでのいきさつを、じっくりこってり煮込んで推理ドラマ風に仕立てている。
振り返ってみれば同監督の「レオン」や「ルーシー」も、2つの組織に板挟みになった女性が悪戦苦闘の末自由を手に入れるという同様のモチーフ。ここまでフランス人のリュック・ベンソンがこだわるそのモチーフとは、ベッソンも一度映画化している歴史上の人物“ジャンヌ・ダルク”その人なのではないだろうか。神のお告げをうけた文盲の田舎娘がシャルル7世を王位につかせるために立ち上がったものの、英仏双方から異端扱い、火刑に処せられてしまったあのジャンヌ・ダルクである。
フランス人なら誰もが知っているこの悲劇のヒロインが自由を手に入れるというフィクションを、ベッソンは手をかえ品をかえ撮り続けているのではないだろうか。男装の乙女と伝えられる地味ーなジャンヌを、今回ファッションモデルのバイセクシャルで登場させた演出はいかにもベッソン流。卒業テストもかねた血みどろの脱出劇は、オルレアンを包囲するイングランド軍を打ち破った連戦連勝のジャンヌを彷彿とさせるのである。
角縁メガネをかけたヘレン・ミレンがKGBの女幹部役として登場するのだが、これがいいスパイスになっている。「使い物にならないわ」と一度は切り捨てたANNAちゃんの唯一味方となって手を貸すのである。その陰険きわまりない眼差しは、異端裁判でジャンヌの純血性を確かめたというイングランド人ベッドフォード公妃のそれだったのだろうか。アンヌ妃が権力欲の塊だったという史実は残されていない?
ANNA
監督 リュック・ベッソン(2019年)
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