田舎の婆さん一人住まいの家があんなに小綺麗なわけがない。トタン屋根はペンキで塗り直され錆び一つない。お寺の境内のように整然と砂利がひかれた庭には雑草一つ生えておらず、犬小屋もなく野ざらしの柴犬は、なぜかきれいにトリミングされ薄汚れていないのだ。『ぽつんと一軒家』に登場する老人が一人で住んでいる家屋と比べると、すえ婆さんが一人で暮らしているこの家屋がリアリティに欠けるTV的なセットであることがよくわかるだろう。
いくらスクーターで事故った時に助けてくれたからとはいえ、どこの馬の骨かわからない粗暴な伊豆見を自分の家に寝泊まりさせるほど、排他主義の強い田舎の人のガードはそんなに甘くない。3食昼寝つきの完全ニート生活を満喫する伊豆見を羨ましく思ったワーキングプアの方も多かったのでは。しかも都会でも滅多に見かけなくなったあんなに綺麗なお姉さんまでいるとあっては、テレワーク全盛の昨今都会からの移住者が殺到することだろう。
NHKの地域振興ドラマでも十分な内容の、そんなお伽噺をわざわざ映画化した理由がよくわからない。女や老人を専門につけ狙う通り魔男を怪演した林健都のダメダメぶりもさることながら、田舎の山暮らしで一人異様なオーラを放っている市原悦子の存在感が、作品をこの世のものではないどこか異質な空間へと我々を誘っているのである。
おそらく『相棒』出身の東監督は、『まんが日本昔話』のナレーションで一世を風靡した市原をすえ役に起用すれば、いい感じにおさまるのではと安易に考えたにちがいない。こんな桃源郷のような田舎は日本中どこを探したって存在しないことは、今日日小学生だってわかっている。だが「ぼうはいい子」とあの独特の声質で語られると、観客は一種の催眠状態に陥ってしまうのである。
そしてその集団催眠からさめやらぬまま映画を見終えた人々は、「なんていい作品だったのだろう」という感想を持つに違いない。リアリティの欠片もないTV的なお伽噺をえんえんと聞かされるよりは、いっそうのこと夢落ちにしてもらった方がよほど納得感のある1本だ。
しゃぼん玉
監督 東伸児(2017年)
[オススメ度 ]