きんえんSwitter

医者の心の目で日々を綴ります

オンライン○○

2020年05月18日 | CORONA
普段からラジオをよく聞いていますが、最近は「自宅からお送りしています」というパターンが多くなっています。
番組のナビゲーターが放送局からではなく、自宅に居ながら放送しているらしいのですが、言われなければ全くわかりません。
番組進行の現場ではそれなりのご苦労があるとは思うのですが、緊急事態時のラジオの強さを実感しました。

「オンライン○○」とか「リモート○○」というのが増えていますね。
テレビのバラエティー番組でも、3密を避けて、各出演者たちが自宅から出演。
最初はちょっと違和感を覚えましたが、最近では見る方も演っている方も慣れてきて、このようにして「新生活様式」が日常化していくのでしょうね。

私も趣味で通っているフランス語会話教室は、緊急事態宣言後はオンラインで受けています。
ZOOMというアプリを使って、先生とクラスメートがリアルタイムで繋がって、いつも通りの授業が行われ、ビデオに撮影されたものが後日YouTubeにもアップされるので、それを見ながら復習もでき、宿題もメールで提出し、すぐに添削してもらえます。

新聞社に勤務する友人は在宅勤務状態ですが、毎日オンライン会議で休む暇がないとぼやいていました。
オンライン飲み会なんていうのも流行っていて、私も遅ればせながら先日、幼馴染みと久しぶりに待ち合わせをして、お互い「宅飲み」しながらお喋りしました。

電話やメールもありますが、やはり顔を見ながらというのは、コミュニケーションをとるうえで、安心感が一層アップする気がします。
私たちは、言葉そのものだけでコミュニケーションをとっているわけではないからです。

人が喋ることによる音声効果、表情、視線、しぐさ、空間的な気(雰囲気、空気、気の流れ等)、これらすべてを含めた相互の総合表現の上になりたつのがコミュニケーション、すなわち意思の疏通なのだと考えます。

これは、音楽にもいえます。
音楽もコミュニケーションのひとつですから。

どんなに高音質の音源でも、生の演奏にはかないません。
音源だけよりは、演奏者が見える方が更にいいですが、現場で「気」を共有するということは、聴く側にとっても演奏する側にとっても、とても重要なことですし、価値あることなのです。


そう考えると、現代のオンライン○○は、「気」の共有という点では未熟ですから、じゅうぶんなコミュニケーションツールとはいえません。
私たちはすでにそのことに気がついてもいます。














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