『夜間飛行』

また靴を履いて出かけるのは何故だろう
未開の地なんて、もう何処にもないのに

『イタリアからの手紙』 塩野七生

2012-06-20 | Books(本):愛すべき活字

『イタリアからの手紙』
塩野七生(日:1937-)
1972年・新潮社
1997年・新潮文庫

++++

ローマっ子は、だが、S・P・Q・Rを、

ローマ元老院並びに市民!(Senatus Popolus Que Romanus)

なんては読まない。

Sono Porci Questi Romani

すなわち、ローマ市民は豚である!と読むのである。


下水道の大掃除さえできないわが身を、よく知っているではないか。

ローマっ子の口の悪さ、というか現実直視の鋭さを話したついでに、もうひとつ例をあげよう。


ローマの町中では、赤い帽子をかぶった枢機卿などの高位聖職者の、栄養のとりすぎではちきれそうに肥った身体が後部座席にふんぞりかえっている、黒光りする高級車が通り過ぎるのをよく見かけるが、それらの車はヴァティカン公国のもので、S・C・Vとナンバー・プレートに示してある。


S・C・Vとは、もちろん

Stato della Citta del Vaticano(ヴァティカン公国)

という意味だが、ローマっ子は、そうは読まない。


Se Cristo Vedesse


すなわち、もし、キリストが見たならば、と読むのである。

民衆(ポポロ)の声も、馬鹿にはならない。

++++


この年、ネズミと蚊の襲来に悩まされたローマ市が、市内の下水道の掃除の履歴を調べたら、前回清掃したのはなんと初代皇帝アウグストゥスの時代だった・・・というこのエピソードは、猛烈におかしいですね。

2000年間、一切掃除せずに下水道を使い続けてたわけで、そこまでいくと、もう不潔とかそういう概念では語れないでしょう。

そんで、この年(塩野さんがこれを書いたのは1971年か)のローマ市議会も、悩んだあげく面倒くさくなって、結局掃除はしなかったという・・・。


そりゃ、まあ、やる気しないよね。

2000年間掃除してないものを、なぜ今年?なぜ俺たちが?って思うわなぁ。


ところで、現在、ヨーロッパではサッカーの欧州選手権開催中。

(今回はウクライナとポーランドの共催)


そういえば、サッカー通でもある塩野さんは、前々々回の2000年のユーロの時にNumber誌に

『塩野七生、サッカーを語る。』

として特別寄稿していた。


希代の文章家だけあって、そりゃあピリッとした記事でしたよ。

今でも全部覚えてる。


まず、この頃、世界最強だと言われながら、2000年のユーロでは準決勝のイタリア戦でPKを外しまくって敗退したオランダについて・・・


「国民性も歴史も関係ないと思います。

ベルカンプが、10番の責務を完璧に果さなかったからですよ」

とバッサリ。


決勝まで駒を進めながら、フランスに延長戦で逆転負けしたイタリアについては・・・

「イタリア・チームが坊やばかりで構成されていたからですよ」

と、これまたバッサリ。


さらにイタリアのエース、デル・ピエーロについて触れると、

「母国語であるイタリア語さえも上手く話せない、ということは、頭脳の出来が疑われてもしかたのないあの坊やは、前回の欧州選手権でも下痢を起こして使いものにならなかった。

10番がどういう意味をもつのか、彼はわかっているのだろうか。

自己管理さえも出来ない男が、ナショナル・チームの支柱になれるはずもありません」


いやはや、バッサリ。

その後の12年間(今年、ユベントスを勇退)で、デル・ピエーロもだいぶ男になったと思いますけどね、個人的には。

多分、これは塩野さんも同意してくれるんじゃないかと。


ついでに話はローマの王子にも飛び火して、

「母国語ですらも上手く話せないということでは、トッティとて同様。

欧州選手権で一点入れたくらいで舞い上がっているようでは、ローマに戻ってからのバティストゥータとのこれからが不安です」

と、返す刀でバッサリ。


ここまで来ると、じゃあ当時セリエAにいた選手の中で、一体誰がイタリア語を上手に話していたんだ??と聞きたくなるよね。


塩野さんはその辺にもちゃんと触れていて、

「外国語ながら充分に意を通じさせているのは、ジダン、デシャン、バティストゥータ、ビアホフ、ボバン、ミハイロビッチと数多し。

シェフチェンコなんて、まだ二年なのにきちんと話します」


それから12年後の今年。

先週、欧州選手権初戦でのシェフチェンコの2ゴールを見て、塩野さんはどう思ったのかな。

さすが、私の見込んだ男、という感じか。


シェフチェンコはミランを離れたとき、そして、当時チェルシーの監督だったモウリーニョがオーナーの独断による買い物(しかも少々トウのたった高額商品)であるシェフチェンコを露骨に嫌がったときに、なんか世界中から

「チェンコ(←俺以外、誰もこんな呼び方はしてなかった)は旬じゃないな、もう」

みたいな偏見を浴びて、あれが斜陽の始まりだったと思うな。

だから、先週(11日)のスウェーデン戦での2ゴールは、俺もなんかジンときちゃったんだよね。


で、2000年当時に塩野さんが褒めてた男たちについて、もう少し続けると、

古代ローマの将軍だったら、迷うことなくジダンを百人隊長に任命しただろうと。


さすが・・・、百人隊長とはなかなか出てきませんな。

俺も、今後、人を褒めるときに使おう。

「きみってば百人隊長だね」みたいな。


そして、ボバン(当時ACミラン所属/クロアチア)はプレイがエレガントであると。

ラツィオの9番、マンチーニ(イタリア)は抜群の知力の持ち主。

そして、最期にバティストゥータ(当時ASローマ所属/アルゼンチン)はセクシーの一語に尽きると。


俺も大好きだったボバンは、相変わらずクリスチャン・スレーターっぽい風貌のまま、のらりくらりと解説者なぞやってますけど。


マンチーニについては、さすが塩野さんは晴眼ですな。

監督に転身するや、あの勝てなかったインテルを率いてスクデット(セリエA優勝)3回、もっと勝てなかったマンCを率いてプレミアリーグ優勝(今季)ですから・・・。

意外だったね。

監督になってからのあの守備的な戦術。

現役時代、あれほどオフェンシブだった人がね・・・。

イタリア人のDNAとしか言いようがない。


そんで一番笑えるのがバティ。

ここは塩野節、そしてバティへの情念が炸裂しているので、原文ままノーカットでお送りします。


「一度でいいからカメラマンにでも扮装して、ゴールのすぐ背後からバティストゥータのシュートを見てみたい。

この天性のストライカーの脚から放たれるシュートのスゴさを、ゴールキーパーとほとんど同じ位置にいて味わってみたいのです。

強引に押し込んでくる、という感じに違いないのだから


せ、セクシーッ!!


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イタリアからの手紙 (新潮文庫)
塩野 七生
新潮社

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