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『夜間飛行』

また靴を履いて出かけるのは何故だろう
未開の地なんて、もう何処にもないのに

『去年を待ちながら』 フィリップ・K・ディック

2012-01-22 | Books(本):愛すべき活字

『去年を待ちながら』
フィリップ・K・ディック(米:1928-1982)
寺地五一・高木直二訳
"Now Wait For Last Year" by Philip K.Dick (1966)
1989年・創元SF文庫


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「彼は独裁者だが―――それが彼の実体だということはきみも知ってのとおり、ただ、その言葉をわれわれが使いたくないだけのことなんだが―――その独裁者としては異例の人物だ。

まず、第一に現時点ではおそらく最高の政略家だろう。

でなければ国際連合の事務総長にはなれないだろう?

二十年かかって、昇りつめたんだ。

その間に出会った政敵をひとり残らず葬り去った。

地球の各国の代表者をだ。

ところが、リリスター星とかかわってしまった。

外交ってやつだな。

外交で大政略家はつまづいた。

そのとき彼の心の中に奇妙な壁が生まれたんだ。

なんだかわかるかね?

無知という壁さ。

モリナーリはそれまではずっと他人の股ぐらを蹴り上げる方法を会得しようとしていたんだが、フレネクシーの場合はそんな必要もなかったんだ。

だから、どうやってフレネクシーに対応していいやらわからなかった―――ぼくらだってあの程度の対応ならできる、いや、もっとうまくできるかもしれないな」

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2055年。

地球は国連事務総長モリナーリをトップに戴き、星間戦争のさなかにある。

地球的には戦争がしたかった訳ではなく、地球人そっくりに見えるリリスター星人と友好条約を交わしたら、必然的に、リリスター星人の宿敵である、あの巨大蟻みたいなリーグ星人との戦争に巻き込まれてしまったのだ。


ところが、リーグ星の軍事力は大きく、リリスター星と地球は配色濃厚。

じわじわと敗戦の日が迫っている。

うわ・・・、余計な友好条約なんか交わすんじゃなかった~!!

・・・ってのは、なんかわれわれの日常社会にも結構当てはまるような気がしますが。


主人公のエリックは、この星間戦争を支えるの大資本の一つ、TF&D社(ティファナ皮革・染料株式会社)の社長専属の人工臓器移植医。

お爺ちゃん社長の、具合が悪くなった臓器を次々取り替えるのがそのお仕事。

社長の薦めにより、エリックは兼務でモリナーリの人工臓器移植医となるが、地球の代表者であるこのイタリア人事務総長のカルテは不審なことばかりだった。


一方、その頃、エリックのビッチ妻キャサリンは、アングラな麻薬パーティで新麻薬JJ180を服用する。

ところが、このJJ180は大変な難物で、服用者は一生を台無しにする、だけでなく、なんと・・・。

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60年代半ば、奥さん(3番目の妻、アン)の極端な浪費癖を賄うために、ディックが多作であらざるを得なかった時期の長編。

作中の鬼嫁キャサリンは、きっとまるっきりアンなんだろうなぁ。

出版された時、奥さんに絞め殺されなかったんだろうか。


戦争、ドラッグ、タイムスリップ、妻との角質(じゃなくて確執)・・・、と、つまるところいつものディックなのだが、個人的には好きな本だ。

読み終えた後、ほとんどモリナーリというオッサンの印象しか残らないのだが。


「敗色濃厚な宇宙戦争下、われらが地球の運命や如何に」

という表のストーリーの裏で、主人公エリックの「ろくでもない妻からの解放」と「人生の意味の探求」というもう一つのテーマが進む、というこの2層構造は、『流れよわが涙、と警官は言った』とか、ディック作品でよく見られる構造。


リリスター星人とか、バルタン星人とか、新成人とか言われて、うわ~、SF読みたくね~、と思った人はちょっと損すると思う。

そういうスペース・オペラ的作風ではないですよ、ディックは。

裏テーマのほうが、物語の本筋。

表の「地球の運命」のほうは、途中からかなりおざなりに処理され出すからね。


それにしてもディックのこの「麻薬の服用によって、本人の脳内だけでなく、本人の肉体を含む時空の位相が崩れる」設定って、めちゃくちゃだよなぁ。

毎回、毎回、似たような・・・。

勿論ディックもふざけて書いてるんだろうけど、それにしても、人体の知覚への過剰な思い入れがあるよね。

でも、俺は楽しければ文句言わない派なんで、普通について行きますけど。


巻末の付録に、『ディック、自作を語る(1955~1966)』(大森望)。

ディック研究者グレッグ・リックマンの”Philip K.Dick : In His Own Words”(1984)から、ディックが自作の長編について語ったくだりを抜粋してあるんだけど、これは嬉C!


 ■P・K・D!!
『去年を待ちながら』(1989年・創元SF文庫) 
『流れよわが涙、と警官は行った』(1989年・ハヤカワ文庫) 
『マイノリティ・リポート』(1999年・ハヤカワ文庫) 
『フィリップ・K・ディック・リポート』(2002年・ハヤカワ文庫) 
『最後から二番目の真実』 (2007年・創元SF文庫)

■映画でP・K・D!
『マイノリティ・リポート』 (2002年・米・スティーブン・スピルバーグ)  
『スキャナー・ダークリー』 (2006年・米・リチャード・リンクレイター) 
『NEXT -ネクスト-』 (2007年・米・リー・タマホリ) 
『トータル・リコール』 (2012年・米・レン・ワイズマン) 


<Amazon>

去年を待ちながら (創元推理文庫)
寺地 五一,高木 直二
東京創元社

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