『夜間飛行』

また靴を履いて出かけるのは何故だろう
未開の地なんて、もう何処にもないのに

『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』 カート・ヴォネガット・ジュニア

2014-09-23 | Books(本):愛すべき活字

『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』
カート・ヴォネガット・ジュニア(米:1922-2007)
朝倉久志 訳
"Dod Bless You,Mr Rosewater, or Pearls Before Swine" by Kurt Vonnegut,Jr(1965)
1977年・ハヤカワ・ノヴェルズ
1982年・ハヤカワ文庫

++++

マッカリスターがいったのは、戦争末期にエリオットが神経症に倒れる直接の原因となった、ある事件のことである。

煙のたちこめた建物というのは、バヴァリアのあるクラリネット工場だった。

そこは、ヒトラー親衛隊のたむろする防衛拠点と推測されていた。


エリオットは、自分の中隊から選んだ一個小隊を率いて、その建物の攻撃にむかった。

ふだんの彼が使うのはトムソン短機関銃である。

しかし、このときに限って、ライフル銃に銃剣をつけることにした。

煙の中で誤って味方を撃つおそれがあるからだ。


彼は窓から手榴弾を投げこんだ。

爆発するのを待って、ローズウォーター大尉は自分も窓から中にとびこんだ。

彼がそこに見いだしたものはたいそう静かな煙の海で、その波うつ表面は、立ちあがった彼のちょうど目の高さにあった。

彼は首を後ろにそらして、鼻が空気の中に出るようにした。

ドイツ兵の立てる物音が聞こえたが、姿は見えなかった。

(略)

エリオットは優秀な軍人だったから、すかさず敵の股ぐらに膝げりをくわせ、敵ののどを銃剣で突き刺して引きぬき、敵のあごをライフル銃の床尾でうち砕いた。

そのあとでエリオットは、味方の軍曹がどこか左手のほうでどなっている声を耳にした。

どうやらそっちでは、もっと視界が良好らしい。

というのは、軍曹がこうどなっていたからだ。


「撃ちかたやめ!撃つなったら、みんな!

ちきしょう、なんてこった

―――こいつらは兵隊じゃねえ!

消防士だぜ!」


そのとおりだった。

エリオットは、武器をもたぬ消防士を三人も殺したのだ。

彼らはごく普通の村人で、その建物が酸素と化合するのを防ごうと、勇敢で文句のつけようのない作業に従事していたのである。


衛生兵がエリオットの殺した三人のガスマスクをはずしてみると、ふたりの老人とひとりの少年であることがわかった。

エリオットに銃剣で突き刺されたのは、その少年のほうだった。

まだ十四にもならないような少年だった。


エリオットはそれから十分間ほど、比較的おちついたようすを見せていた。

動きだしたトラックの前に彼が静かに身を横たえたのは、そのあとのことである。

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この哀しく美しい文章だけで、もうお腹いっぱいになる。


そして、クライマックス近く・・・。

インディアナポリス郊外で、バスに乗ったエリオットが気を失い、

緑に囲まれた精神病院で目覚めるところ。


嗚呼、なんという天才の書いたものを読んでいるのかと。

そう思いましたね。


善意はどこまで有効か。

この問いは、子どものころ読んだレ・ミゼラブルを思い起こさせる。


しかし。

子ども時代を想起させるからと言って、

「よ~し、じゃあ子どもが大きくなったら、この本、『ローズウォーター』を読んであげよう」

などと呟いて、本書をパタンと閉じるとしたら、それは完全なごまかしというもんだ。


この世界を生き抜くにあたって、どこまで善意を発動すべきなのか。

「答えを出せていない問いを、ただ放置して時間が経ったからというだけの理由で、済んだことにする」

というのは、大人になったふりをするにあたり、我々が始終使ってきた手でもある。


ものすごく雲古がしたい時に、別のコトに意識を集中してごまかすのに似ている。

だが、忘れたふりをしても、現実にウンタンはもう玄関のドアに手をかけているのだッ!


ヴォネガットなら言うだろう。

子どもじゃない、お前のために書いてるんだと。


追伸:

癇癪持ちのお父さん、ローズウォーター上院議員はどうしても嫌いになれないのだった。

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ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを (ハヤカワ文庫 SF 464)
浅倉 久志
早川書房
ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを
カート ヴォネガット ジュニア,浅倉 久志
早川書房
ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを―または、豚に真珠 (Hayakawa novels)
浅倉 久志
早川書房




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