私個人の物語にどっぷりと浸かるのではなく
私自身を『経過していくもの』として捉える在り方
今ここに在る身体
そこに私個人の『物語』は要らないのだ
物語を必死に編んで、生き抜いてきた、けれど
『私』という物語を脱いでみると
今ここに在る身体が、ただ、ただ、生きている
何かと響き合って、生きてる
自分の『人生』という、重荷のようなモノを脱ぐ
ただ地を這う虫のように、ただそこに在る存在になってみる
ただ居るだけでいい
命がそこにあるだけでいいという感覚
わたし個人の、人生の物語は
思考と、常識と、感情と、葛藤……盛りだくさんで歪んでいる
いつも『思考』を止めていられるわけじゃない
いつも「常識」を疑えるわけじゃない
いつも『感情』と距離を置けるわけじゃない
行ったり、来たり
揺れて、揺らいで
流れて、流されて
むしろ葛藤を抱えている『人間らしさ』は、愛おしいものでもある
『無意識の領域』と、『人間らしさ』のズレ
そこに生じる歪みこそが、歌の源なのかもしれない