情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)日隅一雄

知らなきゃ判断できないじゃないか! ということで、情報流通を促進するために何ができるか考えていきましょう

「中立」新聞の形成~朝日新聞と政府の密約

2008-06-27 06:37:43 | メディア(知るための手段のあり方)
 一度紹介した有山輝雄さんの「『中立』新聞の形成」には、朝日、毎日という現在の日本の比較的、監視機能を果たしていると思われる全国紙の恐ろしい出自について詳細に紹介してある。「中立」の意味を考えるためにも、ぜひ、お読みください。

 同書によると、朝日新聞は、1870年台後半から1880年台前半にかけて盛り上がった自由民権派新聞の反政府的言論に対抗するために、政府が考えた言論制作によって生み出されたという。

 半官の新聞に補助金を与えて育成し、これらの新聞には政府を直接代弁させるのではなく、場合に応じて「沈黙の自由」を認め、外面での中立性を維持させるという高等政策だったという。公然たる政府御用新聞は、その定評のゆえにかえって影響力の限界があり、一見不偏不党的立場をとっている新聞を陰から育成することによって、「人心」を効果的に「教導」しようということだったらしい。

 そこで、目をつけられたのが、1882年当時、大阪では一日2万部を発行し、最大の部数を誇った「朝日新聞」だったという。部数は出ても、経営困難な状況にあった朝日に対し、1万5000円の借入金の返済を政府が行うこととなり、また、朝日新聞の株も間接的に所有したらしい。

 そして、当時の共同社主である上野理一の書簡に政府との密約について触れてあるという。「我社の新聞紙に記載するところ勤王すなわち官権主義を固執するといえども表面政党に関せず中立を仮粧してもって間接に我党論を主張あるいはこれを弁護し傍ら反対論者あるいは民権家の暴説を駁撃する」などと書かれているという。

 そして、内部に向けては、「朝日新聞執務規程」を配布した。その1条には「政府の法律に悖らず、世上の報道を怠らず、他の浮説劇論に雷同せず、公平無私にて勧善懲悪の旨に則り、人智を開導し、努めて弊風を矯正し、実益を興起せしむる等の精神を以て、新聞の編纂を掌る」と「公平無私」であることを求めたという。

 この「公平無私」は、真の意味での公平無私ではなく、「公平無私」からの「民権家の暴説」批判は、政府御用言論以上に効果的な民権家批判の言論となったというのだ。

 ああ、日本の言論はずっとこうだったんだなぁ…と改めて認識させられる。
 
 その後、朝日新聞は経営が安定したため政府からの出資・援助を受ける関係を解消し、密約も破棄したというが、その時点では、もはや「不偏不党」新聞が新聞界の大勢となり、中立新聞の育成の必要もなくなったと著者の有山輝雄さんは分析している。

 「不偏不党」、「中立」という美辞めいた報道指針は、お上の言うことについても批判せず伝えるという、いわば、政府公報化への指針に過ぎない。

 政府と密約をしたとされる村山家の朝日新聞株がテレビ朝日へ移ったことは、本来クロスオーナーシップの観点からは許されないことだが、上記の歴史的経過からすれば歓迎すべきことなのかもしれない…。

 このエントリーは朝日新聞批判ではなく、「中立」新聞が大勢となり、政府批判の牙を抜かれた歴史的事実を紹介するためのものです。

 インターネットの言論が、「中立」化させられないためにも、ぜひ、本書の一読を!






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