『熱海殺人事件』や『蒲田行進曲』の劇作家、演出家のつかこうへいさん。ペンネームをめぐってこんな伝説があった▼その名をつぶやき続けてみる。つかこうへいつかこうへい…。「こうへい」の「い」の音が「つか」の「つ」に重なり、いつの間にやら聞こえてくるメッセージがある。「いつかこうへい」(いつか、公平)▼在日韓国人二世として差別なき世に願いを込めた名であり、平仮名にしたのは漢字の苦手な母親のため。そう伝わっていた。長谷川康夫さんの『つかこうへい正伝』(新潮社)によると、実はたまたま見かけた表札の名を拝借したそうだが、つかさん自身がその説を気に入ったのか、容認していたそうだ▼つかさんの「いつか」に向けた一歩としたい。民族差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)の対策法が成立した。法で差別を許さないと宣言した▼されど憂いもある。鍵の起源は紀元前二〇〇〇年まで遡(さかのぼ)れるそうだが、人類に盗人が生まれてこなければ、鍵は生まれる必要はなかったとも空想する。法成立に愁眉を開くが、法によって差別を批判しなければならぬ、現在の日本が心配である。差別や憎悪表現がなければ、その鍵は無用だったはずである▼劇作家の名を再びつぶやく。法はできた。だが本当に「いつか」が来るのは法ではなく、人間の心によって差別や憎悪を消し去ったときだろう。
愁眉を開く
うれえて眉を寄せていたが、心配事などがなくなってほっと安堵すること。「愁眉」は後漢の頃、都の洛陽の婦女が化粧のため、うれえを帯びるように細く曲がった眉を描いたことから云う。出典は劉兼の詩「春遊」の一篇から。反対は「眉を顰める」(まゆをひそめる=怪訝)。