<ひろい川をみると/かなしみがひろがるのでらくになるようなきがする>。詩人八木重吉の「川」を思い浮かべて、おまえのことを考える。おまえにも「川」のように人の<かなしみ>に耳を傾け、<らくになるようなき>にさせる力があったんじゃないか。アジアゾウの「はな子」である▼二十六日、東京都武蔵野市の井の頭自然文化園で呼吸を止めた。穏やかな最期だったそうでほっとする▼国内最高齢の推定六十九歳。一九四九(昭和二十四)年、タイから来日した戦後最初のゾウである。戦後日本の大半を日本人と暮らしてくれた。世代を超えて、あのゾウと心で会話した人がいるだろう。東京に一時でもいた方なら、あの気難しくも人好きなゾウの思い出があるかもしれない▼焼け跡からの復興。高度成長期やバブル期をくぐって、ちょっとたそがれている今。この国に起きた変化を「はな子」はほめてくれるだろうか。ちょっと自信がない▼人を慰める力の源は順風満帆とはいえない一生のせいかもしれないと想像する。飼育員を死亡させる事故。人間不信に陥った時期もあると聞く。「悲しいのは、あんただけじゃない」。人の寂しさを分かち合い、そう言っていた気がする▼<象が踏んでも壊れない>。あの筆入れのCMに出たのか。あれなら買ってもらったよと笑いそうになる。そしてもういないのかとうつむく。
エドモンド・ヒラリー(英称:Sir Edmund Percival Hillary, KG, ONZ, KBE, 1919年7月20日 - 2008年1月11日)は、ニュージーランド出身の登山家、冒険家、養蜂家。
1953年5月29日午前11時30分(ネパール時間)、テンジン・ノルゲイと人類初となるエベレスト山頂到達に成功。まだそんなに昔でもない、のに驚いた。
存命中からニュージーランドの銀行券5ドル紙幣の肖像に採用されている。
「なぜエベレストに登るのか?」の質問に「そこにエベレストがあるから」(「そこに山があるから」は誤訳)と答えたと、しばしば勘違いされている[1][2][3]。これは英語圏においても同様である[4][5]。この言葉はジョージ・マロリーによるものである。ジョージ・マロリー#「そこにエベレストがあるから」を参照のこと。
サー・エドモンド・ヒラリー | |
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![]() 晩年のヒラリー(2007年3月撮影)
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生誕 | 1919年7月20日![]() オークランド |
死没 | 2008年1月11日(満88歳没)![]() オークランド |
職業 | 登山家、冒険家、養蜂家 |
配偶者 | ルイス・メアリー・ローズ (1953-1975) ジェーン・マルグリュー (1989-2008) |