七十二歳の母親が車の運転を誤り隣の裏庭にバックで突っ込んでしまう。心配した息子は母親に運転をやめさせ、代わりに黒人の運転手を雇う。最初はその運転手を嫌っていた母親だが…。米映画の「ドライビングMISSデイジー」(一九八九年)はそんなふうに滑りだす▼ささいな事故が運転をやめさせるきっかけになったことは、おとといの神奈川県茅ケ崎市の交通事故を思えば、幸いであろう。九十歳の高齢者の運転する車が横断歩道を渡っていた歩行者らをはね、一人が亡くなった事故である▼赤信号で交差点に進入したことを認めている。亡くなった人が気の毒でならぬが、九十歳にして逮捕された加害者や、車を取り上げなかった家族の後悔を思えば、胸が痛い▼長い間の相棒だったのか。その車は三十年近く前の日産プリメーラである。しかも赤。軽や実用車でもないスポーティーなその車を見るにおそらく、自動車の運転が好きな元気な九十歳だったのではないかと想像する。それが一瞬の過ちで、加害者となる▼認知機能検査では問題はなかった。パスしたことがまだ大丈夫という過信や油断になっていたかもしれぬ▼九十歳を卒寿というのは九と十を組み合わせると、俗字の「卆」となるからで、卒業という縁起でもない意味はないが、車の運転に関してはやはり「卒」を考えるべき年齢だろう。悔やまれる。