なーんて言ったって、ここ何年も、編み物なんかしてないんですけどね。
実は、毛糸を買っても、またどうせいつまでも手をつけないのだから…と、古いのを解くことにしたのです。
ボタンをとりましてこれから洗いますが、そうそう一応記念?写真を…と、写した次第。
これはたぶん20年くらい前に編んだのではなかったかと…。
私は編み物嫌いじゃなくて、独身のころなんかは、夜自分の部屋でテレビ見ながらとか、
けっこうやっていたのですが、どうも一定時間ちゃんとできなくなってくると、面倒になるんです。
編み物なんて「家事の合間」が基本なのにねぇ…。
身頃できたのに袖がもう面倒…なんていってたら、母が当時はやりだった(と思います)
「クンスト編み」の本をくれまして、これなら首から肩まで一気に編めるし、
袖は目を分けて手首まで編み下ろせばいいのだから、面倒な袖山の減らし目がない…と。
なるほどこれなら…と、編み始めたのですが…。
この模様部分が完成したとき、私は「二度と、ゼッタイ、一生、まちがっても」、クンストは編まない、と決めました。
めんどくさいのなんのってもぉぉぉぉぉ。
おまけに、本ではこれ「セーター」だったのです。編み物をする方ならお分かりかと思いますが、
「輪」にして編んでいくなら、グルグル回っていけばいいわけですから、表編みのところは何度回っても表編みです。
ところが、勝手にもようを前の真ん中で切って、カーディガンにしたものですから、
回るわけに行かない…いったりきたりの往復編みです。さっき表編みだったところは二度目は裏編みになる…。
なんでそんなやっかいなことを思いついてしまったのか…。だってカーディガンがほしかったんだもん…。
基本、簡単が好きですから、ほんとに目を血走らせながら編んだと思います。
柄そのものは、要するに当たり前の基本、表、裏、ガーター、増やす、減らす、かける…で、間違えなきゃいいのです。
でもねぇ…一段編んで、戻ってきて、もう終わりの方で、前の段の「マチガイ」を見つけたときの情けなさ、腹立たしさ…。
ほどいちゃー編み、ほどいちゃー編み…できあがったら春になっていたというシロモノ。
涙ぐましいドリョクの跡をば、アップで…。一応はっぱに見えてますでしょ。
そんなにドリョクしたんだし、解かなくても…とも思ったのですが、昔のサイズなので小さいのです。
それにやはりひじの辺りなどすれてきましてねぇ。
ここ何年も衣装箱とタンスを往復しているだけですから、いっそ解いて、糸に戻そうと決めました。
断・捨・離のちょっと手前?洗って解いたら、あの新しい強力スチームアイロンで、
糸をよみがえらせてみよう…なんぞと画策しています。
こういう色ですから、またセーターなどにしてもババくさいし、別糸を足して、
アタマ使わなくていいひざかけみたいなものを、アフガン編みで編んでみようかとか…。
大きいのはまた面倒ですから、40センチくらいのパーツにして、あとでとじあわせるかな~とか…。
また考えてるだけです。きっと編み始めて何段かで「春だー」になるのでしょう。がっはっは。
それにしても…母は、私が40過ぎてもセーター編んでくれてましたねぇ「クンスト」の!
そのころのクンスト編みの本が、トップ写真です。見るとまた「こんなの編みたーい」と思うのですが、
とたんに、このときの難行苦行が思い出されて「やめとこぅ」になる…トラウマですな、こりゃ。
おまけです。リクエストにお答えして…
あの「帆船柄」です。じゅばんなのですが、半衿もついていませんでしたので、
着物風に着付けてみました。おくみがないのでのっぺりですが…。
メリヤス編みとガーターでしたか、ゴム編み
でしたか、それぐらいしか分からず柄なんて
入れるどころか、減らし目で行き詰るんです
から到底私には出来っこありません。
解いて湯のしですか。先日縮んだセーターは
リンスを溶かしたぬるま湯に入れると伸びると
言っていました。
帆船柄涼しげでステキ!
お襦袢にするのもったいないぐらいですね。
手編みってなぁんとなくわかる素朴さと言うか、無骨さと言うかそういうものがあるような気がするんですけど、とんぼさんのカーディガン!!売られていた物のようですわ。
爪の垢を・・・・
あぁ、やっぱり帆船長じゅばん、お着物として着られたら本当に素敵ですのにねぇ。
くぅ!
中学校の家庭科の時間に、たった10センチ角の毛糸の編み物を提出するのに、私が困っていると、いつも宿題を写させてあげてる同級生が、授業中に、机の下で手も動かさずサカサカッと仕上げて渡してくれましたっけ。だからここのとんぼさんのテクニカルなお話は私にはちょっとむつかしいです。
懐かしい
ウールの毛糸では無く 黒の綿夏物。
ご近所の編み物好きの人の所に お茶菓子代500円持って
数人でお喋りをしながら編んでいました。
(私は教えて貰って編んでいました)
不器用で鳴らした私が編んだのだから そのまま編めば
大変なはずは無いのですが アレンジをしたから大変になったのでしょうね。
不器用な私
母は台所仕事は苦手でしたが 縫い物や編み物はする人だったので
私の家庭科の宿題は母担当でした
母が教え方の厳しい人でしたから、
とにかく本を見りゃわかる…でした。
今でも編み図を見ればだいたいわかりますが、
とても実際編む気にはなりませんわ。
毛糸はふっくらしてなきゃね、ですよね。
ウール100なので、リンスしましたよー。
さて…形になるのは何年先か…。
母が「同じだけ10本指があるんだから」と、
できないわけないだろーの人でしたからねぇ。
泣きながら編んで覚えました。
あのじゅばん、ブログには書いてないんですが、
その前に同じ柄の「袖2枚」入手しているんです。
たぶん着物を壊して、これとうそつきをつくったのんじゃないかと。
生地の分量としては、なんとかいけそうなのですが、
なにしろシミが…なので、必死で考えてます。
着物にしたいですよねぇ。
白いところに白い船なので、白地の場が多く見えますね。
涼しげだと思います。
今見ると、こんな大柄…ですが、戦前はこのくらいは珍しくありませんでしたから。
今、これを着るのにいるのは「勇気」だけ。
目立つとか恥ずかしいとか…私にはない感覚です。ははは。
キレイに着物になってくれたら、普通のオシャレ着、街着として、
着てみたいと思っていますよ。
編み物は、小学生で始めてましたからねぇ。
いつの間にか編めるようになっていましたが、
学校の課題は、嫌いな靴下だったので、母に頼んじゃいました。
ぶーぶー文句言いながら、編んでくれました。
この本には、細い糸のものもあります。
元々クンストはレースですから、繊細できれいですよねぇ。
これ、我ながらよくも途中で放り出さなかったと思うんですが、
たぶん、母が私がこれを編んででいることを知っていたから…。
仕上げなきゃなにいわれるか…ですわ。