主人の部屋の「お片付け戦争」は、いまだもって先が見えません。
触るな、かまうな、口出すな状態なので、おまかせコースで日が過ぎております。
で、部屋の外に置いてあったものの中から見つけました。
40年前くらいの私です。主人とはすでに出会ってはいましたが、これは「家族旅行」の時の写真です。
撮ったのは父で、場所は上高地の大正池のほとりです。
けっこう気に入ったので、はがきより少し大きいくらいのものをパネルにして、
主人にあげたのですが、はてさて飾ってあったのやらなかったのやら…。
若かったですねぇ。着ているのは、お手製のちょっと透け感のあるブラウス。
確かオレンジと黄色がベースの、大きめ抽象花柄。クレープみたいな生地だったと思います。
「パピヨン・ブラウス」というもので、腕を横にあげると、袖が扇子のような形になってます。
袖の下部分は縫い合わせてないので、歩いたり風が来ると、ひらひらと広がるわけです。
要は、片腕ずつケープがついてるみたいなもの。
ブラウス丈は、大きめTシャツくらいの長さで、脇はスリット入り。
全体にゆったりなので、共布の紐を腰で結び、少しブラウジングさせて着ていました。
下は当然、ぴっちり細身で下の広がったジーンズです。
昔のカメラですし、普通の家庭用?カメラ、しかも写真そのものが古いので、
スキャンしてピクセル等倍で見たら、実はカオはアザだらけみたいなアリサマ、
後ろのもやっとした雲みたいなものも、もっとはっきり焼岳が写っていたのですが…。
古い写真を見ていると、そのころのこと、この旅のことがいろいろ思い出されます。
この時は、確か8月の終わりころでした。
我が家の旅は、いつもいきあたりばったり。自営業のいいところで、休みは勝手に決められるわけで、
毎度連休と盆暮の休みは「ハズす」…で、渋滞も宿も、全く困りませんでした。
もちろん、時代が違いますから、今じゃ無理でしょうけれど。
旅の出発は、とりあえず「夜中」、車の多い都会をすんなり抜けられるわけです。
この時も、まずは上高地の駐車場へ夜中3時ごろにつきました。
のんきな風体の私たちの周りには、山登りの装備の人たちがあふれていましてねぇ、
なんか場違いだねぇ…と、3人で小さくなってましたっけ。
それでも、私はそこで、初めて「満天の星」というのを見たのです。
登山家や、元々空気のきれいなところに住んでいる人は、毎日見ているのでしょうけれど、
都会で生まれ育った私は、本で習う有名な星座しか見えない暮らしです。
「星座がわからない星空」を見て、本当に涙が出ました。もう一度見たい景色のひとつです。
その後、乗鞍スカイラインをドライブしたのですが、なんせ標高の高いところで、
思い出せないので調べましたら標高2700メートル…。
このひらひらパピヨンのカッコで、てっぺんの山小屋のようなおみやげ屋さんのような、小さなお店に入ったら、
店員のお兄ちゃんが、バルキーセーター着てストーブの前にすわってましてねぇ。
完全「下界仕様」の母と私を見て、お兄ちゃんが「そのカッコじゃぁ寒かんべよぉ」と。
私はここで、もうひとつ「生まれて初めてのもの」を見ました。「雲海」というものです。
雲の上なんだぁと大感激、やがてぱっと雲が切れて、遠くに町が見えました。
これから行こうとしている飛騨高山の町…だったのではないかと思っています。
家族旅行は結構行きましたが、この上高地から飛騨高山の旅は、今でも特に思い出のある旅です。
標高を確かめるのに調べたら、あの乗鞍の道路は有料ではなくなったそうで、
今やシーズンは車で大渋滞、富士山の五合目みたいなもので、登山の目的がなければ、
普通の服装でふらりと行かれますから、気楽に行くのでしょう。
そして高山植物を持ち帰るとか、ゴミポイ捨てとか…そんな問題が起きているそうです。
私が行ったときは、私たちのほかには車が2~3台あったかしら…だったのですが。
暮らしが豊かになって、みんながぞくぞくとでかけるようになって…。
それはそれでいいことなのでしょうけれど、もう駐車場に困らないとか、渋滞なんか一度もないとか、
そんな旅は難しいのでしょうね。モラルというものも、乱れているように思います。
当時の旅の難点は、今のようにコンビニなんてものがないので、トイレとか、
何かちょっとほしい時に、探しまくることと、もうひとつは「町を出たら舗装道路じゃなくなる」ことでした。
我が家の旅のジンクスで、ちょっと鄙びた村ともいうようなところとか、山に向かう道で舗装されていると、
つい「あらここは舗装されてるねぇ」と言ってしまう…すると決まってその先でプツンと舗装が切れるのです。
なので、誰かが「ここは舗装されて…」なんて言うと「言っちゃダメっ」…。
今となっては舗装のない道を走る、あのガタガタ感が懐かしいです。疲れるんですよ、あの揺れは。
それでも3人とも若かったから、タフでしたねぇ。
一枚の写真から、いろんなことを思い出しました。この写真、返さないで隠しとこっと。
まるで写真集を見ているよう~
これはお宝の一枚ですね。
舗装の切れた道路、懐かしいです。
今の若い方はわからないだろうなあ~
私も家族4人、スバルに乗ってがたがた道をドライブしたのが懐かしい思い出です。
お写真ですね。
写真があるとその時の色んな事が思い出せ
ていいですよね。
若くて美しいですね。
この写真と ごいっしょだったってことですよね?
それとも引越しの片づけの折に
掘り出されたってことですか?
どっちにしても、羨ましい。
元のフィルムは実家にあると思うのですが、
フィルムも傷だらけかもです。
もとのように山が写っている写真がほしいのですが。
あの未舗装のお尻に伝わるガタガタ、
今は探さなきゃないんでしょうねぇ。
ガムは噛めなかったですね、あぶなくて。
40年前は、当たり前ですが、髪が黒々ふさふさ。
今や見る影もありません。
写真はほんとにいい記念になると思いますが、
私は整理がヘタで、バラバラ状態で、
山ほど箱に入ってます。あれもなんとかしないとです。
ありがとうございます。
ちょっと遠目で陰になってるぶん、
謎めいて見えてる?かな、です。
ここはもう一度行ってみたいところです。
今度行っても同じショットはぜーったい撮りませんけど。
あとのほうです。
主人の部屋の本棚の上に、
ほかの小さな額入り写真といっしょに
プチプチにくるまって載っていました。
うらやましがるほどの夫婦ではありませんよぉ。
どっちかっていうと、結婚は忍耐だ…の日々ですから。