昨日の本のお話の続きです。
この本には、お太鼓の結び方についての特集記事が載っていました。
トップ写真は目次のページです。
こちらがそのお太鼓のお話のページ。
「早見君子」というのは、当時の美容界でのビッグのひとりですね。
ちょっとわき道にそれますが、美容、ということについて、戦後ばかりが言われますが、
実は明治維新で、女性が髪を結わない生活に向けて歩き出したことは、
近代美容への出発点ということでした。やがて昭和の初期には銀座に美容院もできました。
山野さんとか牛山さんとか…今聞いても女性ならすぐわかる方たち、その中の一人が早見さんです。
美容体操の魁となるものを推奨したのも、早見さん、これは検索でみつけました。
さて、そんな風に銀座で有名な美容院を開き、銀座という土地柄でびの探求をしていた方ですから、
この「お太鼓のお話」も、とても興味深いお話でした。記事は対談形式で進みます。
記事の最初に「今年は丸みのある柔らかい形が流行」…およっ、お太鼓結びも流行…。
まぁファッションに流行は当然のことですが、和装の流行は昨日の帯締めではありませんが、
なんかムリに作られているような、洋装にまけまいとするような…と、私はずっとそう思ってきました。
でも、必ずしもそれだけではない・・・早見先生いわく
「戦争からこちら、去年まで(昭和25年のこと)着付けが角ばっていて、衣紋ももあまりぬかず、
肩も四角く、帯も角ばっていた」
聞き手は「それは洋服の流行のような」と聞きましたが、早見さんはこう答えています。
「洋服のようなカンジに、というよりは戦争の影響を受けた着こなしと言ったほうが当たっていると思う」
つまり、確かに洋服にも影響はされたけれど、それだけではない「日本の事情」の影響でもある…と。
なので「洋装も柔らかい線を出すように変化しているのだから、着物もやわらかく丸みのある形に」と。
なるほど、日本側の事情…そうか、それも要因なんだ…と思いました。
まあそんな感じのお話から始まります。で、とてもうまい表現がありました。
帯結びには、習字にたとえると「楷書、行書、草書」のように、締め方の別がある、
崩さない形、少し崩した形、打ち解けた形…正装は崩さない「楷書」…。
うまいことを言いますね。そしてこのほかに「個性的な締め方」があると。
私は着物の着方も同じだと思います。早見さんは…
「だからといって柔らかすぎてもいけない。すぎればエロティシズムが入るので、
女の姿に弱い隙ができる。男性にとって付け込みやすい状態になる。そのラインが難しい」
というようなことを言っておられます。
これが書かれた時代は今とは社会の状況も違いますし、今の洋装の方は、露出度がどんどんあがって、
見たくもないようなファッションもあります。でも、どんなに時代がかわっても、
この「弱い隙」を作る姿は、洋装であれ和装であれ、女性にとっていいものではないと、私は思います。
今年もどこかで、やたら衿を広げたおいらん振袖や、片肌脱いだ姐さん振袖があったそうです。
奇抜、個性的、かっこいい、コスプレ…いろんな理由があるでしょうけれど、
そうやって着物を着ることは、洋装でいうならパンツが丸見えとか、ノーブラでシースルーとか、
そういうレベルと同じなのだと、それに気がついてほしいものだと思っています。
さて「結び方の流行」に戻ります。
写真の結び方は、若い人の礼装のお太鼓。上も全体も丸っこいですね。
こういう形、好きです。帯の素材にもよりますが、柔らかい帯葉この形、作りやすいです。
文章、読めますか?
「帯揚も少したっぷりと覗かせます。(中略)おはしょりをこのように斜めにするのが
姿を美しくするコツです」
ちょっと言葉がおかしいですね「少したっぷり」って…。これはつまり「普段よりは少しばかりたっぷりめに」、
ということでしょうね。だいたいこのころは、中年でもけっこう帯揚げは見せています。
そして「斜めおはしょり」…最近のキッチリ着付けでは、おはしょりはまっすぐ…ですね。
人間というのは、そのときそれがかっこいい、といわれると、そして周囲がみんなそうだと、
「そうなんだ」と流れていきがちなわけです。
本当は、たとえ専門家の言うことであっても、私はまっすぐの方が好きだし、
私の体にはそのほうがあってる、と思ったら、それでいいものだと、私は思っています。
こちらは「中年の外出」、つまりおでかけ着物。
お太鼓の手の出るほう…これは、この締め方が関東巻きだと、逆になるはずなのですが…
まあそれは締め方が反対というだけですから、とにかく、その手の方の山をうんと低くせよと。
あとは山を低く、お太鼓を小さく、ですね。帯枕が厚いので、けっこう大きく見えますけどねぇ。
次が「中年」の普段向き
さぁここにもわからない言葉がでてきましたよ。「帯揚げは七・三にほんの少し…」
しちさん?これって写真を見ると、片側が少し多めに・・・と見えますね。そのことかな?
この時代の帯揚げは、先ほども書きましたが、中年でも出します。
結び目を真ん中でキュッと作って、左右にふっくら低~~い山にして出しているものが多いです。
これを左右の分量を変えなさい…でしょうかねぇ。
お太鼓の山は両端ともぐっと落とす…これはあんまりスキじゃないなぁ。
いずれにしても、この記事の最初、「四角く、きっちり、は、戦争の影響」…という言葉に、
今の時代の平和を思います。
お太鼓は四角くきれいに、下もまっすぐ、おはしょりもまっすぐ、シワもなく…。
これは逆に、緩んでしまりのない現代に「きっちり」の印象として…なのですかしら。
というわけで、本日はこれにて。
最近は、ネットやリサイクルで買う人が増えて、そういう人は呉服業界の仕掛ける流行なんて無視(笑)ですから、これからはわかりませんが。
数年前の『きものサロン』の付録に、東西で着付けに違いがある…とあったのを思い出しました。
お太鼓は関東では四角くかっちりと、関西は丸くやわらかくとか、おはしょりも関東はまっすぐ、関西はななめに…とか。すべてがそうではなく傾向として、なのでしょうが。
また、「着物」検索でブログ巡りをしていた時に、とあるブログで「お太鼓がかっちりと、横から見て7の字になっているのが好きで、そうなっていない人を見ると気になって仕方がない」と あるのを読んで、「そういう見方でしか見られないのは、なにより自分がしんどそう~」と思ってしまいました(^^;
ただ、自由にくずすというのは、すごく経験値とセンスが問われますよね;
私は自信がないから、オーソドックスで無難な着方になってしまいます
業界も「売り手」の大元でしょうね。
安く、大量に作るには、万人受けするタイプのものしか
作れませんからねぇ。
東西の着付けは、元々江戸と京大阪の文化の違いがありましたから、
いろいろなところが少しずつ違います。
大筋は同じですが、一番違うのは、帯を巻く方向です。
今でも歌舞伎の方たちは違うと思います。
洋服だと、自分と違ってもひとのこと…と思えるのに、
着物だと「あんな着方して」とか、自分を基準線上において
ものを考えたり言ったりする傾向があります。
それも伝承の欠落の結果なのでしょうか。
前に出る部分に紫色が出て欲しいからと言って
垂れ先側を半分に折って 手先にし
手先部分を垂れにしていました。
全通だったので あまり違和感はなかったのですが
帯の締め方の右回りと 左回りを変えれば
出来た事じゃないのかなぁ・・・? と
あまりにも自己流というのも 亜流というのも
着物に関しては特に怖いものがありますが
着付け教室で習った事を忠実に再現しているだけって
勿体ないなと思いました
知らないと、そこで止まってしまうんですよね。
巻き方変えたり、最初からお太鼓を先に作ったり、
そうやって「切られないものがないように」と、
昔の人は、工夫してきたのだと思います。