タイトルがまたすごい「都會流行編み物袋物衣服美容さまざま」…。
大正13年4月「婦人倶楽部」の付録です。なくなった母が生後半年のころです。87年前の本ですねぇ。
いやもうそれだけで、捧げ持って読みたくなりますがな。
この本のおもしろいこと…
目次はこんなです。最初の「競争仕立」ってのがすごいでしょ。白木屋、三越、大丸、松屋、松坂屋、高島屋…。
さぁこの「衣装競べ」ですが…これは絵ではなく写真なのですが、当時の写真術印刷術ですから、
そのアタリはご考慮ください。このころは編集も大雑把で、目次の順番に並んでいないのです。
そのあたりもすごいですねぇ。
目次を当てはめると、左から「大丸・希望に輝く色彩の若夫人」
真ん中は「白木屋・上品な現代的奥様」
右は「高島屋・無地物尽くしの中年夫人」
こちらは左から「松坂屋・全装の調和が色彩本位」
真ん中は「松屋・粋向きの年増婦人服」
右は「三越・優美な訪問服の令嬢姿」
写真ページが続いた後の本文に、ようやく着物の説明が出てくるのですが、
字は小さいわ、旧仮名遣いだわ、振り仮名は昔読みだわ…読むというより解読しました?!
上の段真ん中の「白木屋・上品な奥様」は、「粋な中にも上品さがある」と書いてあります。
もう一度個別で…。こちらです。なんか藤間紫さん風のギョロ眼さんですね。
生地は「「豊田縮」…というのだそうです。どう見ても「袷」ですが、調べたら明治24年に考案された
「結城に似せた綿絹の織物」、玉繭糸を経糸に、綿糸(八丁撚糸)を緯にして織ったもので、縮みの風合い。
結城に似せた夏の着尺地、石毛紬とも呼ばれている…って今の石毛結城じゃありませんか。
絹の八丁撚糸は「お召し」に使われる糸ですから、綿の八丁を使うことで、お召しのようなざらざら感をもつのでしょうね。
柄は新唐桟、帯は表は羽二重、裏は黒繻子の腹合わせ帯で、柄は表の地色は「上品な明星色」…
どんな色やねん、と思ったらおちつきのあるクリーム色ですと。
柄はこの年、白木屋が、今で言う「イチオシ」の柄として売り出した「ベザント・アート」…。
ペザントって、まんまいうとイナカ風、とか牧歌風とか…ですけど。
確かに説明には「太古そのままの広大(くわうだい)な(昔のふりがなですよー)気分と、
大自然を内面的に描いた線の雅味とを自由に活用し之を現代的に洗練いたしました
芸術の香り高き新様式であります」とあるんですが…よくわかりまへん…。
たぶんちょっとエキゾチックな唐草とか、コプトみたいな感じ?ぜひアップで見たかったです。
ついでにショールはスイス製高級人絹の模様編み…だそうです。
こんな調子で、全部の衣装のこまごました説明があります。
なんせルーペがないと、だんだん涙目になってくるという細かい字で…。まだ全部読みきれていません。
最初は昔の着物ですよー、というご紹介…のつもりだったのですが、いろいろな面白さがあります。
何回かに分けて、この本について書いてみようと思います。
それにしても…この時代、まだまだ「おはしょり」について、ルーズですよね。
この本の少し前までは、実生活お引きずりだったワケですから、無理もないことですが、
今これを見て「何この長いおはしょり」と思うのは、私たちが、今風おはしょりの世界しか見慣れていないからです。
当たり前のことですが、変化ってそういうことで、今みたらヘンなことでも「何もまちがっていない」のですね。
では、本日は「大正時代のオシャレ話、その1」ってことで終了です。
なんといいますか、古き佳き時代…といいたくないですが、
今はない「奥床しさ」ですね。
また書きますが、納得のお話もありますよー。
「美しく床しい」なんて・・・今の女性で当てはまる人なんかいないんじゃなかろうか?と。
この時代の選び方や着付けのコツというのも、面白そうですねぇ。
「服」は元々「着物」のことです。呉服屋っていいますでしょう。
だから「西洋の服」で洋服というんですよ。
今は逆転して、わざわざ「和服」といわなきゃならなくなりました。
さみしいですねぇ。
このころのカラーって、珍しかったでしょうね。もう少し鮮明だといいんですが・・・。
訪問服とか言っていたんですね。
着物が当たり前の時代に服っていう事が
不思議に思いました。
カラー写真で見られるのがいいですね。