下重暁子さんは、私が若いころ一番好きなアナウンサーでした。
と言っても、今のようにのんびり暮らしてはいませんでしたから、時々テレビで見るくらいでしたけど、
なんというか、知的美人で「天は二物を与えず」というけれど、例外もあるんだぁなんて思ってました。
その後フリーになられてからのご活躍は、遠目に「あぁやってるんだぁ」くらいで、
本も読まなかったし、よけい遠い存在でした。
それが、たまたまポンと、この本と出会いまして…題名がね、ふふふです。
古本で買いました、下重さん、ごめんなさいです。
本はこちら。まぁ帯を撮ったら、なんとシンプルな装丁…。
老いの戒め | |
クリエーター情報なし | |
海竜社 |
よりよい老後、だの、よく老いる、だのという文字に目が行くには、
まだ少し早いかと思いつつも、たまたま近年母を送ったり、今父の様子を見たりして、
決して遠くない自分の「その時期」を、考えるわけです。
指針がほしいということではなく、ふむふむこういう考え方もあるんだ…とか、その程度に。
この本は、うなずけることが多かったです。
だからと言って、私もそうしよう…などと、変えようとか真似しようという気持ちがあるほど
やはり若くはありません。賛同できるところで、そうかこういう説明をすると、
自分の気持ちを表せるんだぁなどと、えぇ相変わらずのえぇかげんです。
帯の裏です。
着物をいじってる身としては、4章の「おしゃれとは、最低限の礼儀である」というのは、
そうそう、そのとおり、と思います。
じゃ礼儀ってナニ?…辞書では
「人間関係や社会生活の秩序を維持するために人が守るべき行動様式」とあります。
なんかむずかしい言い方ですが、簡単に言えば「人に不快感を与えたり、迷惑を掛けない」
ということではないかと…。
何回か書いていますが、みっともないという言葉は「見とうもない」が語源。
つまり、本人は「みっともないなんて大きなお世話」と思っていても、
実はあなた基準ではなく「こちらが見たくない」という意味なのですよ、ということです。
つまり見ていて不快、迷惑…。
それの基準は難しいけれど、少なくとも、見た目の奇抜さで「花魁振袖」だの「片肌脱ぎ成人式」は、
「見たくもない」ですねぇ。
さて、この帯の下重さん、着物の半衿の出方が左右で違います。
気になりますか?私もあら、ちょっとこっち側で過ぎてる…と思いました。
こういうものは、でき上がる前に見てもらうわけですから、
これはこれで、下重さんがゴーサイン出したということだと思います。
つまり「ちょっと衿のバランス違うけど、まぁいいわ」かな?
昔、着物を着た人があちこちにいたころは、こういうのって別に珍しくもない光景でした。
特に年を取って体が変形してくると、きちんと着ても、緩むところは緩む…。
半襟がみんな沈んじゃってたり、胸元にちょっとしわがあったり…。
でも、それはそれなりに、着慣れ感があって、風景にちゃんとなじんでいたものです。
この着姿、ゆったり着ていらして、みっともないとは思いません。
しかも、着物と帯の色合わせもいいし、その帯と指輪の色があってる。おしゃれだと思います。
さらっと紅もちゃんと引いてらっしゃる。
着物はきちんと、しわひとつなく、半襟は何センチで…そんな風に着るよりも、
自分が楽なように着ていればいい、それがみっともなくなければ。
きっとご本人は、トイレでもいかれたら、ちょちょっと衿も直されたことでしょう。
本の中には、裏のテーマの中がもっと細かく分かれています。
ただ、そうだそうだ、ばかりではありません。
下重さんという人の、生まれも育ちも、素養も教養も、今までの履歴も、経済力も、
私とは違います。さらりと言われても、そりゃ私には無理だ…ということもあります。
ただ、ねっこの部分の生き方というか、考え方は、共感できるところがいろいろありました。
とりあえず、私も人に「私はこういう年の取り方をしたいと思ってるの」と、
ちゃんと言えなきゃな…と思いました。
今日は年度末のどん詰まり? 宅配を頼みたくて電話したら、まぁ通じないわ「掛けなおしてください」だわ。
あぁ年度末だもんね、と思い、いつもはかけない「ドライバー直」のケータイで依頼しました。
そんなつもりはなかったけれど「駆け込み」になってしまいましたー。
年度末も、あまり実感はない主婦暮らし。子供も学校が終わると春休みも新学期もないし…。
消費税だけは、あしたからねぇ…とちと気になってはいますが、
毎日そこそこ暮らしていければいいか、と、のんきに構えています。
それよりも「やらなきゃいけないこと」「やるといって、やってないこと」…あぁぁぁすいませーん、です。
ぼちぼち行きますので、いつものことながら、広い心と長い目で見てやってくださいまし。
年齢というものもあるかと思いますむ。
10年前なら、私きっと「衿片側ですぎ」なんて、
つついていたかもです。
少しずつ、自分の体系も変化して、
昔のようにはならないのだなぁなんて実感してくると、
すいっと着られて、何も苦労がないなら、
それで楽しもう…なんて思うようになったんですよ。
衿の出方の項を拝読して、ちょっとドキッとしました。
なんだか最近、「あれは変!」「これは変!」と思う瞬間が多くなったような~。
脳が固くなりつつある?
どうしても受け入れられない一線はありますけれど、この忙しない世知辛い世の中で、着物着ることを楽しんでいるだけでも「良いなぁ」と思いたい・・・などと我が身を振り返りました。