ほばーりんぐ・とと

ただの着物好きとんぼ、ウンチク・ズッコケ・着付けにコーデ、
あちこち飛んで勝手な思いを綴っています。

平成も四半世紀…

2013-11-30 21:56:52 | つれづれ

 

写真は、早くも来年の暦…です。

 

またドキュメンタリーからの話題です。

今日で11月もおわり、明日からは最後の月に入ります。

また、あれよあれよという間に、あらクリスマス、あらお正月…ですね、きっと。

こうして平成25年も終わろうとしているわけですが、

テレビで「平成も四半世紀」といったので、あららほんとに四分の一だわ、と

改めて思ったわけです。

 

平成元年は、その前に天皇陛下のご病状が連日報道され、やがて「崩御」の号外が…。

小渕さんが「新しい年号は『平成』であります」と、額に入った文字を立てて示したあの場面、

昨日のことのように思い出します。

昭和が長かったですから、平成になったとたんに、年齢の数え方がめんどくさくなり、

いまや西暦の方が便利…。ちなみに平成元年は1989年です。

いわゆる「バブル景気」と呼ばれる時代は、ウィキによると1986年12月から1991年2月、

だそうです。ほんの5年ほどのことだったのですね。

 

ドキュメンタリーでは、バブルとその崩壊…そして今の時代…と、わけてリポートされていました。

私は39歳で平成を迎えましたが、当時は息子の病気などが次々わかったりで、

人生で一番てんてこ舞いの時期、バブル?なんやそれ…食べられるんか?…なんてね。

主人の勤めてた会社は、良くも悪くもあまり影響はなく…でした。

 

「これがバブルか」と、唯一感じたのは、マンションを買ったときのこと。バブル直前でした。

当時ですでに築10数年、手すりも金属製で錆びていたり、床が鴬張りのように鳴ったり、

ガス給湯器は、たいへんな時代物だったり、今では珍しい?7階建てでもエレベーターは

1・3・5階しか止まらない建て方。それでも、地理的には理想どおりだったのです。 

3 LDK 、70㎡くらいでしたか、それで1450万でした。

そこで12年いたわけですが、まずそこに引っ越したのが1985年、バブル前年ですね。

しばらく経って…不動産バブルが始まり、チラシが入るたびに、値が上がってゆく…

あっというまに2000万を越え、あれよあれよと更にあがり、中古というより古々マンションなのに、

ついに最高額は3800万にまでなりました。

たった1年違いで、安く買えた私たち、息子のおかげです。

で、バブルがはじけたとたんに、またどんどん下がり始めましたっけ。

 

さて、私の事情はさておいて、平成の始めは世の中浮かれまくっていた時代でしたが、

その後は…およそ明るいハナシのない、とんでもないことばかりの時代であったと思います。

大手といわれる会社が破綻、倒産、撤退、合併…。

あれから少しはよくなっているんですかねぇ。

番組では、ジュリ扇降って遊びまくっていた女性の現在もやりました。

就職、結婚、出産、離婚、資格とって起業…の25年間。

娘さんは今年19歳、母親が「お宝」と持ってきたポーチには、ブランドものの化粧品がごっそり、

娘さんは冷静なもので、それを見て「なにこれ」…彼女が出したポーチの中には、

「これも100均、これも…」とそんな化粧品ばかりでした。

働ける年になっているのだから働かなきゃなと思っている、とバイトもしていて、堅実に見えました。

ただ、単純に堅実、というより、それだけまだハタチにもなっていないのに「夢」がなかなか持てない…。

彼女に限りませんが、今の世の中、なにやったって、これはこんなもん…みたいな?

さめた時代になっていると思います。

 

震災は、たいへんな災害だったし、被災された方、犠牲になられた方々には、

言葉もありませんが、あの時期は原発も震災も、私たちに「カツ」をいれてくれる気がしました。

でもねぇ…2年をすぎて、もうすぐ3年目だというのに…、なんだか喉元すぎれば、です。

日本人ってこんなにあっさりしてましたっけ。

 

平成という年度も、いつか終わります。

将来「平成」って時代はさぁ…と話すとき、どんな時代だといわれるのでしょう。

50年、100年経って、「…明治・大正・昭和・平成・○○・△△・・・」となったとき、

少なくとも「この時代は輝かしい時代で」とはならないのでしょうねぇ。

できれば「浮き沈みがすごい時代だったけど、日本人の底力で、あれはこうなったんだよ、

これはこうしたんだよ、そしてオリンピックもやったんだって」なんて、

そんな風になってくれたら、と思ってしまいます。

 

今夜のうちに、カレンダーをめくります。

パソコン横のカレンダー、最後の図柄は、雪の降り積もる森の中の大きな樹のそば、

トナカイの夫婦でしょうか、こちらを向いて静かに立っています。

寒くても、穏やかで、なにごともない…そんな年明けだといいなぁと思っています。

 


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4 コメント

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Unknown (とんぼ)
2013-12-01 16:51:32
akkomam様

私も、34で子供を持ちましたから、
学校へ行くと、10歳年下のお母さんなんて、
ざらにいたわけです。
そのジェネレーション・ギャップには、
驚くことばかりでした。

ちょうど「多感といわれる時期」や「成人したての時期」が、
どんな時代であったかは、将来にも大きく影響するものだと、
最近とみに思います。
そこから何を学ぶか…それをしなければ、
どんな時代に生きても、ちゃんと伝えられないのかなと、
すでにチカラも下降線の私は、
そんなことを思っています。
ほんとに、繰り返してはならないこと、を、きちんと
見極めてほしいですね。
返信する
Unknown (とんぼ)
2013-12-01 16:47:40
陽花様

若いころの25年、例えば10歳から35歳までと、
最近の25年は、長さが違うかと思うほど、
あっという間ですね。
バブルの時代は、いまや「平成の御伽噺」と
言われているそうです。
あんな夢まぼろしみたいな時代は、
もうこなくて結構ですね。
返信する
時代 (akkomam)
2013-12-01 07:55:13
今、20才も年下の方達との
お付き合いをしていますが、
時代背景などは大きく違い、
唖然とさせられることが
多いのですが、
それも当たり前と捉えていますが、
彼女たちの親は団塊の世代でしょう。

世の中は烈しく移り変わり
それぞれの世代はそれに振り回されて
きています。

今の世相はそんな積み重ねで
できているのでしょう。
もう力もなくなってきている我々は
ただ眺めているだけになってきています。
さびしいことですが、
今の人たちを引っ張っている人が
団塊世代の年齢ならば、
過ちは繰り返さないで!!と
最後の声をあげたいですね。
返信する
Unknown (陽花)
2013-11-30 23:32:32
ついこの間平成になったと思っていたのに
もうすぐ25年も過ぎるんですね。
平成になった時には娘は高校生、共働き
していたので、扇子を持って踊っている姿に
いつまで続くのかと思いましたが、あっという間に
姿を消しましたね。
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