ハワード・F・ライマンという元カウボーイの菜食主義者の方の本『まだ、肉を食べているのですか』はショッキングでした。彼は四代続いた酪農家でした。その本によると牛が屠蓄されると、その半分ほどは食用にならない。腸とその内容物、頭部、ひづめ、角など。血と骨も。それらはレンダリング・プラント(動物性脂肪精製工場)というところに運ばれる。病気で死んだ牛はまるごと!!野犬やノラ猫、ひき逃げされた死体などの動物管理局に保護された動物も混ざっているとか。この身の毛もよだつ混合物はミンチに刻まれ、高温蒸気で調理される。浮き上がった軽い脂肪分は化粧品や潤滑油、せっけん、ろうそく、ワックスに。より重いたんぱく原料等は乾燥され、茶色の“肉骨粉”に加工される。言いたくありませんが糞便含むそれは家畜の安い飼料として、酪農家に買うように流通されているのです。私たちがステーキを食べたとします。そのステーキに、紛れ込んでいるものの正体がこれです。驚愕の事実です。これを知ったハワード・F・ライマンはオプラのテレビ番組に出演して真実を語り、テキサスの家畜業者より訴えられたのです。(オプラもテレビ番組も訴えられたらしいです。)
ハワード氏は彼の父親たち世代が行ってきた有機農業を軽蔑し、新しい科学農業に心酔しやり方を代えて行きます。ところが、抗生物質、成長ホルモンをどんどん使い、牛の体にはハエを殺すために殺虫剤をふりかける、牛のエサに牧草をやめて穀物にする。そして不自然なものにまみれた牛が体調不良となる。彼は問題をかかえながらの経営で資金繰りに喘ぎながら病気を発症(脊髄の腫瘍)。その後レイチェル・カーソンの『沈黙の春』と出会います。農業をやめる決心をした頃にこの本を読んだ彼は、どうして始める前に出会えなかったのかと残念に思ったと書いています。
昔のように、たまに “ご馳走として肉を感謝して摂る”のではない今の食生活は脂肪のとりすぎとなっています。 “食べる時期にだけ覚悟を決めて自分で殺した動物の命をその動物と神様に感謝していただく”、これが本当の食肉の姿勢だと思います。
1ポンドの牛肉を得るために16ポンドの穀物を与える。環境面、エネルギー面のコストは?人類がまかないきれない贅沢をしているのは明らかです。料理の雑誌には肉料理レシピの多いこと!こんなに毎日食べるのを皆でやめれば、環境にも被害の及ばない消費のままでいられたでしょう。日本はアメリカにとっていい商い相手とまんまとなっていったのです。
高校時代、UKミュージックに夢中だった私は、ファンだったとあるアイドルミュージシャンがベジタリアンだと知り、自分もそうあろうとしたことがありました。ところが、街でのコロッケ、ささみチーズフライの買い食いの誘惑に負けて一週間で挫折。ミーハーな理由ではこんなもんですね。
先日、デビッド・ボウイの「Where are We Now?」という新譜のビデオクリップを深夜放送のMTVで見ました。人間社会に投げかけられた問いのようでもあり、何でしょう、御年66歳になるボウイの音楽に涙がこぼれました。切ないセクシーさを感じさせる曲でした。そういえば、パティ・スミスが主な都市部の他、仙台や広島でも公演に来たとか。彼女も66歳って言っていました!彼女は福島の現状にとても同情し、毎日思い続けているとメッセージをくれています。若かった時に好きだったアーティストたちがまだまだ活躍しているのを見ると嬉しくなりますね。それぞれ年期が入って歴史を感じます。容貌は老いてしまっても精神的、霊的な成長があると思います。年をとっても堂々としていてかっこいいです。
次に菜食のススメというサイトから拾った詩を一部紹介します。覚悟してから読んでみてください。もし、心の準備が出来ていないのであれば、今はよしておいて貰ってもかまいません。
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「こんにちわ。私はもと、牛だったのです。日本のある牧場で生まれました。産まれて5日目のこと、かあさんと一緒にいた場所から遠く離れた暗い木の檻の中へ移されて、もうかあさんの乳は飲めなくなりました。かあさんは毎日、毎日大量の乳をしぼられます。わたしを産んですぐに人工授精させられたのです。そして、わたしにはおかあさんの乳首からではなく、バケツから肉や骨の匂いのした乳があたえられました。
わたしには弟がいたのですが、産まれて1週間でいなくなりました。おとこの子は、仔牛のうちに殺されるそうです。そのうちかあさんも、いなくなりました。 乳が出にくくなったのです。まだ3歳でした。かあさんが殺されて、何の用途に使われたのかはわかりませんが、ここにいるほかの牛たちも、いずれ殺されるんだということがなんとなく、雰囲気でつかめました。そういう運命なんだようです。そしていずれわたしも殺されるようなんです。お願い!たすけて。
死にたくない。生きているという事は、どういうことなの?わたしたちは天寿をまっとうする資格なんてないの?(中略)いつも突然、何頭かの仲間たちが連れて行かれます。そして二度とここ(牧場)へ は戻ってきません。連れて行かれる仲間は、突然その日に決まります。だからお別れを言う間もないのです。ロープで引っ張っていかれる仲間たちは、殺されることを知っているので、動こうとしません。でも、何度も何度もたたかれて、どんなに抵抗してもトラックにのせられます。
私達はいつも運動不足です。日光にあたる機会もなく、歩き回る事すらできません。ある日、太りすぎた仲間が、体重をささえきれなくなってとうとう立てなくなってしまいました。骨折したんだと思います。そして、すぐ(とさつ)場で殺されました。骨折した牛はもう、人間の食用にはなれないそうで、医者にも見せず、骨折しただけで殺され、ペットフード用の肉になりました。
いよいよ、私にその日がきました。あの、血のにおいのする小屋へ行くことになりました。覚悟は、全然できていませんでした。ただ、ただ、悲しかった。目から涙があふれ、この世に思い残すことがいっぱいです。死にたくない!私は、まだ若いのです。 お願い!だれか助けて!!
人間達は、これから殺す動物に慈悲の心はありません。最後まで鬼のようなこの人間たち!恐怖と恨みで涙がいっぱいになりました。首のあたりにナイフを入れられて血がだんだんと下に落ちていく。
・・・数時間のうちに私のからだはばらばらに解体されていきました。
・・・私は死にました。でも魂はちゃんとその光景を見ていました。私の体・・・。何人の人間たちが食べるの?私は人間を襲ったり食べたりしたことないのに、私は人間に食べられる。私と人間との間に、どんなちがいがあるのだというの?」
…以上、詩、牛たちの心の声…
全文はこちらで
※ここでは乳牛のは3歳で行われた事になっていますが、実際は24ヶ月ぐらいでされます。今まででBSEが発見された牛のなかで一番若年で21ヶ月だったことから、BSE検査は21ヶ月すぎないと検査できません。アメリカでは18ヶ月でされます。ですので、アメリカの牛はほとんどの牛がBSE検査をしていません。
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ハワード氏は彼の父親たち世代が行ってきた有機農業を軽蔑し、新しい科学農業に心酔しやり方を代えて行きます。ところが、抗生物質、成長ホルモンをどんどん使い、牛の体にはハエを殺すために殺虫剤をふりかける、牛のエサに牧草をやめて穀物にする。そして不自然なものにまみれた牛が体調不良となる。彼は問題をかかえながらの経営で資金繰りに喘ぎながら病気を発症(脊髄の腫瘍)。その後レイチェル・カーソンの『沈黙の春』と出会います。農業をやめる決心をした頃にこの本を読んだ彼は、どうして始める前に出会えなかったのかと残念に思ったと書いています。
昔のように、たまに “ご馳走として肉を感謝して摂る”のではない今の食生活は脂肪のとりすぎとなっています。 “食べる時期にだけ覚悟を決めて自分で殺した動物の命をその動物と神様に感謝していただく”、これが本当の食肉の姿勢だと思います。
1ポンドの牛肉を得るために16ポンドの穀物を与える。環境面、エネルギー面のコストは?人類がまかないきれない贅沢をしているのは明らかです。料理の雑誌には肉料理レシピの多いこと!こんなに毎日食べるのを皆でやめれば、環境にも被害の及ばない消費のままでいられたでしょう。日本はアメリカにとっていい商い相手とまんまとなっていったのです。
高校時代、UKミュージックに夢中だった私は、ファンだったとあるアイドルミュージシャンがベジタリアンだと知り、自分もそうあろうとしたことがありました。ところが、街でのコロッケ、ささみチーズフライの買い食いの誘惑に負けて一週間で挫折。ミーハーな理由ではこんなもんですね。
先日、デビッド・ボウイの「Where are We Now?」という新譜のビデオクリップを深夜放送のMTVで見ました。人間社会に投げかけられた問いのようでもあり、何でしょう、御年66歳になるボウイの音楽に涙がこぼれました。切ないセクシーさを感じさせる曲でした。そういえば、パティ・スミスが主な都市部の他、仙台や広島でも公演に来たとか。彼女も66歳って言っていました!彼女は福島の現状にとても同情し、毎日思い続けているとメッセージをくれています。若かった時に好きだったアーティストたちがまだまだ活躍しているのを見ると嬉しくなりますね。それぞれ年期が入って歴史を感じます。容貌は老いてしまっても精神的、霊的な成長があると思います。年をとっても堂々としていてかっこいいです。
次に菜食のススメというサイトから拾った詩を一部紹介します。覚悟してから読んでみてください。もし、心の準備が出来ていないのであれば、今はよしておいて貰ってもかまいません。
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「こんにちわ。私はもと、牛だったのです。日本のある牧場で生まれました。産まれて5日目のこと、かあさんと一緒にいた場所から遠く離れた暗い木の檻の中へ移されて、もうかあさんの乳は飲めなくなりました。かあさんは毎日、毎日大量の乳をしぼられます。わたしを産んですぐに人工授精させられたのです。そして、わたしにはおかあさんの乳首からではなく、バケツから肉や骨の匂いのした乳があたえられました。
わたしには弟がいたのですが、産まれて1週間でいなくなりました。おとこの子は、仔牛のうちに殺されるそうです。そのうちかあさんも、いなくなりました。 乳が出にくくなったのです。まだ3歳でした。かあさんが殺されて、何の用途に使われたのかはわかりませんが、ここにいるほかの牛たちも、いずれ殺されるんだということがなんとなく、雰囲気でつかめました。そういう運命なんだようです。そしていずれわたしも殺されるようなんです。お願い!たすけて。
死にたくない。生きているという事は、どういうことなの?わたしたちは天寿をまっとうする資格なんてないの?(中略)いつも突然、何頭かの仲間たちが連れて行かれます。そして二度とここ(牧場)へ は戻ってきません。連れて行かれる仲間は、突然その日に決まります。だからお別れを言う間もないのです。ロープで引っ張っていかれる仲間たちは、殺されることを知っているので、動こうとしません。でも、何度も何度もたたかれて、どんなに抵抗してもトラックにのせられます。
私達はいつも運動不足です。日光にあたる機会もなく、歩き回る事すらできません。ある日、太りすぎた仲間が、体重をささえきれなくなってとうとう立てなくなってしまいました。骨折したんだと思います。そして、すぐ(とさつ)場で殺されました。骨折した牛はもう、人間の食用にはなれないそうで、医者にも見せず、骨折しただけで殺され、ペットフード用の肉になりました。
いよいよ、私にその日がきました。あの、血のにおいのする小屋へ行くことになりました。覚悟は、全然できていませんでした。ただ、ただ、悲しかった。目から涙があふれ、この世に思い残すことがいっぱいです。死にたくない!私は、まだ若いのです。 お願い!だれか助けて!!
人間達は、これから殺す動物に慈悲の心はありません。最後まで鬼のようなこの人間たち!恐怖と恨みで涙がいっぱいになりました。首のあたりにナイフを入れられて血がだんだんと下に落ちていく。
・・・数時間のうちに私のからだはばらばらに解体されていきました。
・・・私は死にました。でも魂はちゃんとその光景を見ていました。私の体・・・。何人の人間たちが食べるの?私は人間を襲ったり食べたりしたことないのに、私は人間に食べられる。私と人間との間に、どんなちがいがあるのだというの?」
…以上、詩、牛たちの心の声…
全文はこちらで
※ここでは乳牛のは3歳で行われた事になっていますが、実際は24ヶ月ぐらいでされます。今まででBSEが発見された牛のなかで一番若年で21ヶ月だったことから、BSE検査は21ヶ月すぎないと検査できません。アメリカでは18ヶ月でされます。ですので、アメリカの牛はほとんどの牛がBSE検査をしていません。
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