風天道人の詩歌、歴史を酒の肴に

短歌や俳句の鑑賞を楽しみ、歴史上のエピソード等を楽しみます。
比べて面白い 比べて響き合う 比べて新しい発見がある

今昔物語を読んで、お話を書きました。(2/2)

2013年07月16日 | 日記
昨日の続きです。(投稿設定が正しく出来ていれば・・・ですが)


男は喘ぎながら、無我夢中で夕闇が押し迫った頃に、瀬田の国府の館に立ち返った。
館にいた者達は、恐怖で見る影もなくなった男の姿を目にすると、笑いものにする気も失せて「どうした。」と言葉を掛けずにはいられなかった。
男は意識も朦朧として、口もきける状態ではなかった。
人々は集まって、男を介抱し男を安心させるような言葉を掛けた。
男の意識が戻ると、近江守も心配して、安義橋での出来事を残らずお聞きになった。
近江守は、軽はずみな言動が元だとは言え、九死に一生を得た体験をしたことを哀れに思われ、馬を男に褒美として与えた。
男は近江守から馬を頂いたことが嬉しくて、恐怖心も忘れて家に帰った。
妻子や親戚を集めて、褒美の馬見せ、今日の体験を語った。
家について、安堵感を味わったが、今日の体験を語っている内に、鬼とであった恐怖心が蘇った。その恐怖心は、話を聞いた家族たちにも伝わったようだった。
その後、男は以前のように落ち着いた生活に戻ったのだが、ある日から、犬が遠吠えするしたり、異様な釜鳴りがするようことが起こったので、陰陽師を尋ね、ことの次第を話した。
陰陽師は、話を聞き終わると、神前に向かい一礼すると占ないを始めた。
占いの結果が出たらしく陰陽師は、男に「鬼が九月九日にあなたを襲おうとしています。この日は、物忌みをしなくてはなりません。肉魚を食べず、夫婦の交わりを行ってはなりません。無駄な話もせず、落ち着いた心持で神様のご加護を念じて下さい。また、家族以外の者を一切家にいれてはいけません。」と言った。
そして、九月九日、夜が明けきらないうちにこの護符を家の入り口に張るようにと言って、護符を手渡した。
男は陰陽師に礼を言って、大事そうに護符を抱えて家に戻った。
さて、九月九日を迎え、男は陰陽師の言いつけを守り、家の中で神様の加護を念じていた。
男には、一人の弟がいたが。弟は、陸奥守に従って母親をつれて、任国へ下っていた。
丁度、この物忌み日に任国から帰って来たので、兄の家の門を叩いた。
男は家の中から「おう、次郎か。残念だが、今日は物忌みで私は人に会うことができない。人を家に入れてはいけないんだ。」と言った。
弟は、「それは困った。今日は兄さんの家に泊めて貰うつもりでしたのに。私だけなら野宿でもなんでも我慢しますが、兄さんへのお土産の荷物があるんですが、どうしましょうか。また、私も仕事の所要で、今日でないと尋ねてこられなかったんです。それに、任地で亡くなった母の様子もお話したいのですが。」と言った。
男は、気がかりがった母が亡くなったことを知り、話を聞きたくて仕方がなくなった。
(今日の物忌みは、母親の亡くなったことを聞き、母親を偲ぶために用意されたのではないか。)と思えてきて、悲しみの涙が溢れてきた。
男の妻は、そんな気持ちを察し、「ことがことですから、客間にお通しして、ご膳でも用意いたしましょうか。」と言った。
男は頷き、弟を客間に通した。
精進料理を食わせた後で、男は弟と顔を合わせた。
弟は、喪服を着て泣いていた。その姿を見て、男も思わず泣き出してしまった。
男の妻は、隣の部屋で、もらい泣きをしていた。
すると、隣の部屋で大きな物音がしたので、驚いて客間に入った。妻が目にしたのは、兄弟が取っ組み合いの喧嘩をしている姿だった。
「いったい、どうなさったのですか。」
夫は、「枕元にある刀を取って、渡せ。」と言う。
「そんな、馬鹿なことを仰らないで。二人とも落ち着いて下さいな。」
「早くしろ、殺さちまうぞ。」
妻はおろおろするばかりで、刀を取ることも出来ずにいた。
気がつくと、弟が男の上に圧し掛かったかと思うと、男の喉に噛み付いた。
男の頸から、大量の血吹雪が上がった。弟は、溢れ出る生き血を啜り込んでいる。
妻は、体が震え動くことも出来ない。
弟は、更に口を大きく開き、男の頸を食いちぎってしまった。
弟は男の頸を食い千切ってしまうと、男の体から跳ね退き、男の妻を顧みた。
弟は嬉しげに笑うと「安義橋で掻かされた恥を拭えたわい。」と言った。
弟は、夫から聞かされていた鬼の姿に変わっていた。
鬼は地響きがするほどの笑い声を発すると、ふっと姿を消してしまった。
どれほどの時間が経ったのかは分からない。男の妻は、正気づくと家族を呼びたてた。
家のものも右往左往してどうして良いものやら一向に分からない。
七つになったばかりの末娘が、父親の切り取られた首を持ち上げて「おとうさま」と言った。
娘の着物へ血が滴った。