トンサンの隠居部屋

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「小説らしきもの」 むかしトンサンが書いたもの 「恋というもの」

2022年03月26日 01時02分20秒 | マック鈴木家
「恋というもの」

「・・・・遅かったのよ・・・・・・」と電話の向こうで関口さんは言った。
ああ、またか。何でオレはいつもこんなに馬鹿なんだろう。

研修の帰りに関口さんにあった。
あの後ろ姿は確かに関口さん、「関口さん!」と呼んだら振り返って「あらっ、鈴木さん、どうしたの今日は?」
「うん、研修で。今終わったとこ。」
「今日も研修?」
「うん、6ヶ月間ずっとだよ」
「えっ、ずっとこっちに来てたの?」
「いや、そうじゃなくて、こっちに来るのは時々」
実を言うとこっちに来るたび彼女のいる事務所に顔を出していた。
昔の友達に会えるからだが、関口さんに逢えるという楽しみもあったからだ。
ここの事務所で知っている娘(こ)と言えば関口さんくらいしかいない。
後は皆新しく入った人ばかりで顔も見たことがなかった。

「さっき事務所へ行ったんだけど誰も知っている人がいなくてさァ」
「あら そう・・・」
こんな帰り際に彼女に逢えたのも何かの因縁かもしれない。
いつもの社交辞令の冷やかしで
「関口さん、まだ関口さんだネ」と名札を指しながらオレは言った。
彼女はいつものからかいだと思いながら・・・だけどいつもと違って
「私もそろそろ適齢期だから・・・」と言った。
「関口さんいくつだっけ?」
オレは年頃の女性でも平気で聞いちゃうのである。
でも知りたいと思ったからでもあるが。
だけどよく考えてみれば彼女のことは古くから知っているのだから、当然普通の人間なら関心のある人の歳ぐらい知っている。
この辺無頓着で聞いちゃうのはオレの悪い点だ。改めなきゃいけない。
彼女、私の歳ぐらい知っているはずなのにと思いながらも顔には出さないで
「今週23になるの」と言った。
実際 関口さんは思いやりのあるやさしい人で、他人を傷つけるようなことは絶対言わない。
「今週23になるの」と言った関口さんはとてもきれいだった。
オレはきれいになったなあと思いながら
「関口さんきれいになったネ」と言った。
社交辞令ではなく本当にきれいになったと思った。
「細くなったネ」
「やせたでしょ」
彼女もうれしそうに言った。
「今週っていつ? オレも今週・・・」と言ったら、知っているわよと言う顔で「26日」と答えた。
「じゃ同じ蟹座生まれか」
関口さんは前からわかっているじゃないのと思いながらも、やさしいからそんなことは言わないで
「同じ星座はダメなんでしょ」と言った。
「いや、そんなことはない。同じ星座は相性がいいんだよ」とオレは言った。
実際彼女とはよく気が合う。別に何かしようと言ったときに彼女が賛成した訳じゃないが、顔を見ているだけで気が合うなと感じるのだ。

「関口さん、今誰か好きな人がいるの?」
「片思いの人がいるの・・・・」
片思いの人がいたってかまわない、この際関口さんとつきあってみようかなと思った。
しかし帰りのバスの出発時刻が迫っているので、オレはあわててジュースを飲み干し「じゃあまたネ」と言って別れた。
何か彼女が寂しそうな感じもしたので、振り返って
「元気でネ」と言ってやった。
彼女も「鈴木さんも元気でネ」と明るく返した。

バスに乗ってからもオレは彼女を誘いたいなという気持ちがだんだん募ってきた。
できれば関口さんと結婚したいとも思った。
バスが佐江戸の工場に着くともう4時45分だった。
今日は職場懇談会があるので帰れない。
自分の部署に戻ったとき、関口さんに電話したい気持ちでいっぱいだった。
ところが上司がいるのでそこの電話は使えない。
上司が離れるのを待って電話しようと思って気が付いた。
今は彼女仕事が忙しい時間なんだ。
もうちょっと待とう、職場懇談会が終わるまで待とうと思った。
ところが今度はなかなか職場懇談会が終わらないので、いつまでも話をしている上司が恨めしくなった。

やっとの思いで職場懇談会が終わったので、さあ電話しようと思って電話帳を探しているうちにM君が来て「鈴木さん、俺ちょっと先に電話させて」とダイヤルを回してしまった。
恨むよM君、オレこのチャンスを逃がしたら、もう彼女とは結婚できないかもしれない大事な時なのに。
気を紛らわすため、あるいは落ち着けるためK君たちの運搬作業を手伝った。
K君が「鈴木さん汚れるよ」と言ったが、続けた。

やがてM君の電話が終わり(ホントに全くくだらない話が長いんだから)「鈴木さんお先に」と帰った。
オレはまだ気が落ち着かなくて、しばらく荷物の運搬で気を落ち着け、ダイヤルした。
男の人が出た。
自分の所属と名前を言ったら、関口さんとだれが話しているのかバレるからまずいかなと思ったが、先に名乗るのは電話のエチケットだし、恥ずかしいことをしているのではないと思って正直に名乗った。
彼女は帰っていないけど今はいないという返事だった。
そうかまだ居るのか、でもいつ戻るかわからないのならまた明日電話しようと思って切った。
だが少ししたら戻ってくるんじゃないかと思い、帰りの電車が一本ずつ遅れていくのを気にしながらも待った。

10分後に電話したらまた男の人が出た。関口さんは居るかと訪ねると居るという返事。
一瞬胸が騒いだが、必死でいつもの声が出るように努めた。
「はい」と彼女の声。
「やあ、どうも」
やあどうもの間にさっきはと言うつもりだったが、やはりあがっていた。
「鈴木さんよく居ることがわかったわネ?」と普通の声。
「何となく居るんじゃないかと予感がして」
彼女がこちらから言いにくい用件を言う前に一般的な会話をしてきてくれたので、気持ちが少し落ち着いた。
「ところで明日は給料日だね、関口さん明日予定ある?」
「やだァ困っちゃうなー、さっきも言ったように今ずっと習い事に通っているの」
「明日がダメなら休みの日は?休みもダメなの?」
「そう」
「どのくらい? いつまで?」
「今年いっぱいずーっと」
今年いっぱいずっとなんて何をやっているのかな、もしかするとデートしたくない口実で・・・・と思った。
「じゃ、逢えないならせめて文通だけでもしてくれよ、文通だって意志の疎通はできるからさ」
と性懲りもなく食い下がったら、彼女返答するのに困ってとうとうあきらめはっきり言った。
「好きな人がいるの・・・」
まさか、昼間聞いた片思いの人は冗談だと思っていたのに、まさか本当に好きな人がいるなんて・・・・
ショックだった。
でもオレはふられるのはなれているので、すぐあきらめた。
いや、彼女のためにすぐあきらめたという意思を表明してやりたかった。
お互いに気持ちの整理が着くだろうから。
「そうか、それなら・・・・」
しかしそれ以上もう言葉が出てこなかった。
それを悟って関口さんは「だから明日ダメなの、いいかしら」と言ってあわてて「でもいいかしらと言ってもどうしてもダメなんだけど」と付け加えた。
「うん、わかっているよ、そんなに心配しないで」と言ってやった。
オレも思いやりがあるなぁ ふられたのに相手の気の使いようまで心配してやって。
そんなこと言ってる場合じゃないんだ、本当にこれ以上関口さんとはつきあえないんだ。
今まで関口さんがオレのこと好きだとわかっていたくせに、なぜ彼女のすばらしさをわかって誘わなかったのだろう。
いつも誘いたいとは思っていたがそれは彼女にあっている時だけのことで、別れてしまうとすぐ忘れてしまっていた。

「もう遅かったのかな・・・・」
「そうよ・・・・遅かったのよ・・・・」
彼女もオレのこと恨んでいるような寂しそうな口調で言ってくれたのがうれしかった。
それは今でもオレのことが好きだと言っているようだったから。
ああ、これで3人目だ、どうしてオレはいつも・・・

関口さんとは「またそっちへ行った時事務所へ行くからね、お茶出してくれよ」と もう元気を取り戻して明るく言ったら
「ええ、コーヒーぐらいならいいわよ、ぜひ寄って下さい」と答え、お互いに元気でねと別れた。
しかし悲しいやら情けないやらで、しばらくまた運搬作業を手伝った。
悲しいときは力仕事をするのがいい。

帰りは足が重かった。
電車の中でしょぼくれているオレの方をみんながけげんそうな目で見ていそうなので、努めて平静を装った。
これからまた長い道が続くのか。
でも今年はぜひとも結婚相手を見つけたかった。
  ♪遅かったのかい  君のことを~
  ♪好きになるのが~  遅かったのかい
      (佐川ミツ夫 歌)
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