ある日、一人の女が横浜からやって来た。
女は美しい少女と一緒であった。
大森山王の家を借りて暮らし始める。
下町女は井戸端会議も好きだ。
「あの女は横浜の元芸者だよ。でもってお武家の出だね。毛筋一本乱れやしないもの」
「お母さんなんて呼ばせてるけどあの女が産んだ子じゃないよ」
「おおかた、震災の火事場ででも拾って養女にしたんだろうよ」
だが誰もそれ以上は探れなかった。
少女はお母さんに絶対服従である。
新橋で半玉としてお座敷にでるようになった。
水揚げの相手は財界の大物。
いくら美少女とはいえ置屋も構えていない女のコネの力はかなりのものだ。
鵜飼いの鵜のように女は少女を操った。
女があてがう旦那はすべて大物ばかり。
「ちょっと聞いた?今度の旦那は総理だってよ」
下町女たちはいろめきたつ。
色恋というよりあの頃の男たちは名うての新橋芸者を囲うことが名誉だった。
舞の名手でもあったのだ。
彼女は恋をした。
惚れた役者の子どもを産んだ。
けれど女は許さなかった。
赤ん坊はいつの間にか里子に出されたのだ。
お座敷から戻ってきたらすでに赤ん坊の姿が消えていた。
横浜から女とやってきたときと同じように反抗もせず黙って耐えた。
「金にならない赤ん坊なんて要らないからね」女は言ったそうだ。
誰も知らない女の人生は過酷だったのだろうか?
美少女に愛情は持っていたのだろうか?
わからない。