「写真撮るよ~~」
最近 この一言を聞くと逃げ回る自分がいる。
今は デジカメなんていう大層 便利な物があるから
撮った楽しみはあっという間にその場で確認出来る。
やれ写真写りが悪かっただの 良かっただのと
後から思い出と共に振り返る楽しみも この便利なデジカメの
登場であっさり消えてしまった。
それと同時に さっきまでの自分が色濃く その場で
再現されるのである。
よく子供の隣に立って 同じように若ぶって
「ピース」なんて柄にもなくやってしまい
後から どれどれと皆で覗き込むと 我ながら
「おお!」っとびっくりする代物が映っている。
勿論自分なんだけど・・・・この妖怪のような女は・・・と
恐る恐る見れば 子供の隣の自分であったりする・・・
最近はそれに輪をかけて 手なんかがアップに映っていたりすると
そのガッサガッサの手が 老婆のようで・・・・
絶対映りたくないぞ!と決心させれてしまう。
悲しい事である・・・・
思えば昔はこんな風でなく
「写真撮るよ~~」となると 真っ先に映る~と
飛び出したものだが・・・・・
それでも写真写りが これでバッチリ!と喜んだ時はなく・・
結婚式の写真ですら 今もあまり見たくない代物である。
写真はともかく正直者。いくら若ぶっている人も
写真では見破られるというが 本当にその通りかもしれない。
で、この間 買い物に行ってお金を払っていたら
「おお!」っとびっくり!目の前に妖怪ババが!!
と思ったら精算レジでお金を払っている自分が鏡で
映っている。
「あのスーパーの鏡 ドッキリするよねえ」
以前 近所の友もこう漏らす。やっぱり皆も知っていたらしい。
あの日から なんだかそのスーパーでお金を払う時は
妙にソワソワする。なるべく目線をあげないようにと
いう感じで・・・
ついに写真だけでなく鏡まで苦手になってきている。
正直に自分が映る物は 何でも苦手である・・・・
最近 この一言を聞くと逃げ回る自分がいる。
今は デジカメなんていう大層 便利な物があるから
撮った楽しみはあっという間にその場で確認出来る。
やれ写真写りが悪かっただの 良かっただのと
後から思い出と共に振り返る楽しみも この便利なデジカメの
登場であっさり消えてしまった。
それと同時に さっきまでの自分が色濃く その場で
再現されるのである。
よく子供の隣に立って 同じように若ぶって
「ピース」なんて柄にもなくやってしまい
後から どれどれと皆で覗き込むと 我ながら
「おお!」っとびっくりする代物が映っている。
勿論自分なんだけど・・・・この妖怪のような女は・・・と
恐る恐る見れば 子供の隣の自分であったりする・・・
最近はそれに輪をかけて 手なんかがアップに映っていたりすると
そのガッサガッサの手が 老婆のようで・・・・
絶対映りたくないぞ!と決心させれてしまう。
悲しい事である・・・・
思えば昔はこんな風でなく
「写真撮るよ~~」となると 真っ先に映る~と
飛び出したものだが・・・・・
それでも写真写りが これでバッチリ!と喜んだ時はなく・・
結婚式の写真ですら 今もあまり見たくない代物である。
写真はともかく正直者。いくら若ぶっている人も
写真では見破られるというが 本当にその通りかもしれない。
で、この間 買い物に行ってお金を払っていたら
「おお!」っとびっくり!目の前に妖怪ババが!!
と思ったら精算レジでお金を払っている自分が鏡で
映っている。
「あのスーパーの鏡 ドッキリするよねえ」
以前 近所の友もこう漏らす。やっぱり皆も知っていたらしい。
あの日から なんだかそのスーパーでお金を払う時は
妙にソワソワする。なるべく目線をあげないようにと
いう感じで・・・
ついに写真だけでなく鏡まで苦手になってきている。
正直に自分が映る物は 何でも苦手である・・・・