超音波システム研究所
橋本凝胤(ぎょういん・1897~1978)
20世紀を代表する傑僧の一人、
故高田光胤師の前代管主で後継者の育成を目的として引退し、
若い光胤師を管主に抜擢する。
僧侶としての戒律を厳守し平城宮址の国有化に貢献する。
名言も多く
「日本佛教は宗教にあらず」
「多数論は概ね愚論」等などあり、
1940年頃に週刊朝日に於いて
徳川無声氏の問答有用の中で天動説を主張する
(人工衛星の上る以前でバチカンも天動説支持の時代)、
また世界的な人口過剰に対して
原子爆弾で人口を減らせと発言した
(放射能汚染は知られていなかった)。
発言の真意はバチカンの権威主義とは別の処にあっつたと推移される、
為政者とのコンタクトや破天荒なパフオーマンスは
空海や岡本太郎氏も凝胤師と同じ状況に置かれたら
同様の手法を用いたのではないか、
二十世紀最後の怪僧と言はれた。
安田管長の師:橋本凝胤さんが常におっしゃっていた話,
当たり前の話なのですが,
自らも戒めたいと思いながら聞かせてもらいました。
「何事もこつこつと続けることの大切さ,
少しずつ積み上げていくことの尊さを忘れてはいけない」
「自業自得とよく言う。
“偶然”ということは絶対にない。
すべては“必然”である。」
※自業自得
(仏教用語)自分のおこないの結果を自分が受けること。
「善悪を超越したところに
『自らその心を清くする』
という原理がなければならない。
善悪を調和した上に、
本当の日常生活がなければならない。」
鶴見 和子
超音波現象の詰め方のヒント!
「曼陀羅」に21世紀の可能性探る 鶴見 和子
「二十一世紀幕開けの修羅の行く末を見究めんとて必死に生きる」
鶴見さんの「異なるものは異なるままにお互いに支え合う、
新しい文化を創(つく)り上げる方法はないか」との問いかけが、
これほど切実に迫ったことはない。
「近代化論は、すべての社会は同じ道をたどり、
早かれ遅かれ英米のように政治的に安定し、経済的に繁栄するという考え。
内発的発展論は各社会の自然生態系、文化の伝統、価値観に根ざし、
人間一人ひとりが可能性を十全に発揮できるよう多様性を認める。
すると必ず矛盾点が現れ衝突するから曼陀羅の論理が必要になる。
一元論では片付かない」
「(反テロかテロかの選択を迫るやり方は)
二項対立、排他主義なのよ。曼陀羅は何ものも排除しない」
萃点は、終点でも頂点でもないと力を込める。
「プロセスなの。そこで言葉をもって格闘し合って、
前とは異なる形になり、また流れ出す。萃点自体も移動する。
私は萃点で何が起きるか具体的に詰めたい」
「萃点は出会いよ」と鶴見さんは繰り返した。
「あまねく栄養を交換する。だれかが与えるんじゃない。
全部飲み込み吸収し合うのよ。
私は出会った方たちの光を吸い込んで生きてきた。
実にありがたい生涯であったと思いますよ。……じゃ、お茶を出しましょう」
熱い紅茶をいただく。
「若いあなた方は、実現の可能性が小さい事柄でも、
芽生えを捉(とら)えて見届けてほしい」
鶴見さんの言葉も一緒に、ごくりと飲んだ。(2002年1月19日)
感想
超音波の萃点を「遊歩者の独自性」で読み解く!
遊歩者の独自性とはなんだろうか。それは決して観察者ではないということではな
かろうか。コンステレーションを読み解くには、その世界にまず入り込んでいかな
ければならない。単にそれを外から眺めているだけでは、そこに張り巡らされてい
る法則性を見つけ出すことは困難だろう。だが、だからといって完全に没入しても
それは同じように見過ごされてしまう。木を見つつ、森も見える視点。アブダクシ
ョンのような中間的な立場に身を置くことによってのみ、それは可能になるのだ。
遊歩者とは、その中間的な位置に身を置くことではなかろうか。
クロード・エルウッド・シャノン
価値ある情報は、行動を生み出す
コメント
価値ある情報とは、価値に対する認識、つまり自覚 と考えます