映画の感想など・・・基本的にネタばれです。
しづのをだまき
スタバ風景
2010年05月23日 / 旅
生垣のそばに駐輪して
スタバ正式にはスターバックス、米国に本社のある珈琲チェーンである。これがないと都会ではないと言う人もいる。ちなみに、現在、このスタバがない県は青森、徳島、山形、鳥取、島根の5県。しかもそのうち青森と徳島には今年中に進出する予定だから、残るは山形・鳥取・島根の3県だけ。ここまで来たら島根も、なまじジタバタせずに最後の一県となるまで頑張ってほしい。ここはお茶の文化が根付いているからね、と夫は島根を弁護する。
スタバに憧れて上京する島根の女性を、マンガ家フロッグマン(蛙男)が描いていたけれどその「都会の象徴」に、5月のある朝わたしは座っていた。東京都中央区日本橋の近くである。私は5泊6日の旅行を終えて、5分ほど離れたホテルのチェックアウトも済ませたところ。ほどなく徒歩10分の東京駅から、新幹線のぞみ号に乗ろうとしている。むかし鹿児島とか吉祥寺では入ったこともあるが、お江戸日本橋のそれだって、覗いておいてもいいではないか。
私は珈琲とクロワサンにした。計510円。店内は商談中の勤め人らしいのが一組、あとはひとり客が多い。中でも岩波文庫を(カバーは無い)読んでいる若い男性が目に付いた。サイクリストらしく、ズボンの裾が縛ってある。外を見たら、街路樹の下にスポーツタイプの自転車が数台とまっている。おやおや「ジェイン・オースティンの読書会」か?
時刻は日曜の朝10時半、通り過ぎる自転車の若い男女。車は遠慮がちで、歩行者は堂々としている。これこそ都会の風景だ。車がわがもの顔に占拠する町を思って感慨深い。
それにしても、自転車に岩波文庫、これは昭和20~30年代の風景だ。(こんな洒落た型ではなかったが)涙が出るほど懐かしい。車万能の時代から、いつの間にか世の中は変ってしまったようだ。私にとっては嬉しい発見。
→「すなば珈琲」14-4-24
→「鳥取」16-8-10
スタバ正式にはスターバックス、米国に本社のある珈琲チェーンである。これがないと都会ではないと言う人もいる。ちなみに、現在、このスタバがない県は青森、徳島、山形、鳥取、島根の5県。しかもそのうち青森と徳島には今年中に進出する予定だから、残るは山形・鳥取・島根の3県だけ。ここまで来たら島根も、なまじジタバタせずに最後の一県となるまで頑張ってほしい。ここはお茶の文化が根付いているからね、と夫は島根を弁護する。
スタバに憧れて上京する島根の女性を、マンガ家フロッグマン(蛙男)が描いていたけれどその「都会の象徴」に、5月のある朝わたしは座っていた。東京都中央区日本橋の近くである。私は5泊6日の旅行を終えて、5分ほど離れたホテルのチェックアウトも済ませたところ。ほどなく徒歩10分の東京駅から、新幹線のぞみ号に乗ろうとしている。むかし鹿児島とか吉祥寺では入ったこともあるが、お江戸日本橋のそれだって、覗いておいてもいいではないか。
私は珈琲とクロワサンにした。計510円。店内は商談中の勤め人らしいのが一組、あとはひとり客が多い。中でも岩波文庫を(カバーは無い)読んでいる若い男性が目に付いた。サイクリストらしく、ズボンの裾が縛ってある。外を見たら、街路樹の下にスポーツタイプの自転車が数台とまっている。おやおや「ジェイン・オースティンの読書会」か?
時刻は日曜の朝10時半、通り過ぎる自転車の若い男女。車は遠慮がちで、歩行者は堂々としている。これこそ都会の風景だ。車がわがもの顔に占拠する町を思って感慨深い。
それにしても、自転車に岩波文庫、これは昭和20~30年代の風景だ。(こんな洒落た型ではなかったが)涙が出るほど懐かしい。車万能の時代から、いつの間にか世の中は変ってしまったようだ。私にとっては嬉しい発見。
→「すなば珈琲」14-4-24
→「鳥取」16-8-10
コメント ( 12 ) | Trackback ( 0 )
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追伸:四文字熟語はお手上げでした。黙考の余裕もなく、はなっから万歳でした。
その後、お会いする事もなく、大学教授になられたと風の便りに聞きました。とても嬉しかったです。珈琲百杯ぐらいお祝いに差し上げたいと思いました。
今度、いらっしゃる時は是非声をかけてください。
スタバでもタリーズでも・・・いやいや、もっと落ち着いた喫茶店で、お茶でもご一緒させてください。
食後のお茶は、スタバよりもタリーズコーヒー(Tully's Coffee)が近くにあるので、そこでソイラテ(ラテの牛乳を豆乳に変えただけですが)を飲むのが定番になってます。でも、本当は昔風の喫茶店でゆったりした気分でブラックコーヒーを飲みたいんですけどね。
家からの仕送りが全くなく、肉体労働と売血で何とか生きていると言っておりました。その後、友人から聞いたところ、叔父さんからお金も借りられず、10円だけ貰い、入場券で検札を逃れながら東京まで帰ったのだそうです。その後の人生は全くわからなかったのですが、15年位前に友人から彼が教授になったと聞きました。コッペパン1個が一日の食事だった人の50円の珈琲には長いこと胸が痛みました。私にとっての珈琲は実に苦いものなのです。