中東の空港で

ダマスカス空港の金網にはりついて、わたしたちがじっと見つめていたのは、一台の飛行機である。「あの尾翼にしがみついて、日本に帰りたいなあ」と言うつぶやきがきこえる。それは協力隊調整員のＯ氏である。そこへ現れた秘密警察がこの一団を連行した。

それは1977年10月3日、ダッカ発日本赤軍に乗取られたパリ行き日航機が、人質解放の地であるアルジェリアに出発する直前の姿だ。どう見ても乗取犯と同じ日本人風の一行だから当局に怪しまれても無理はない。

取り調べの結果、その正体はシリア在住の専門家と海外青年協力隊員だとわかって、ほどなく解放された。

その日はたまたま用事で首都のダマスカスに滞在していた。ホテルの朝食の席で、ドクター・Ｏが、真剣な様子でＢＢＣラジオを聴いている。ハイジャック機がダマス空港にきていると聞いて晴天の霹靂。アラビア語のニュースで、～時に着いたとか出発するとか言っていた。
「11時ですね」と私が言うとドクターは「いや10時でしょう」ときっぱり言われる。

ちなみに文語も口語も１０が「あしゃら」だが
１１は文語で「あはだ・あしゃら」口語では「ひだーしゃる」である。
アナウンサーははっきりと「あはだ・あしゃら」と言った。

ドクターは、耳から聞いて習得した現地語と英語を縦横に駆使して政府の役人や人々と十分に意思疎通していた。協力隊を招き、私たちが安心して仕事し生活できるのも、ドクター・Ｏのおかげだ。私たちが全面的に信頼し、尊敬しているドクターにもこういう小さな弱点があることを発見して、ちょっとひと息をついた朝だった。