フランシス・ノーランがフロントを通り過ぎて30秒後に銃声が聞こえた。部屋にはワインの注がれたグラスが2つ。ノーラン嬢が入ったとき、クラレンドン氏の部屋にはもう一人の人物がいたはずだ。ノーラン嬢は意図的このことを隠しているのだろうか。ノーラン嬢が意識を失う直前に、会っていたというトレベリアン医師(19SW)にくわしい話を聞いてみよう。
トリベリアン医師は大男で、動作といい身ぶりといい、何から何までのっそりしていた。しかし目つきだけは鋭く、すばやく人の心を見すかすように見えた。しかし見つめられると居心地が悪くなるといった視線とはちがっていた。医師は書斎机の後ろの椅子にどっかりと腰をおろすと、懐中時計を指先でいじりながら、われわれに質問をうながした。
「あなたは7月1日の夜、フランシス・ノーランといっしょに食事をなさったそうですが」
「ええ、そうです。私とフランシスは毎週日曜にいっしょに夕食をとることにしているんですよ。もう何年もフランシスの妹ロレッタを治療していまして ね。最初はメスメル=ブレイド研究所でしたが、その後は私個人の診療所で診ています。それで妹さんの回復ぐあいを報告するた めに週一度フランシスさんに会うことにしているのです。
もっとも、純粋に仕事上の必要から始まったものが、いつのまにか友人同士の楽しい夜のひとときへと変わってしまったことも事実ですがね。フランシスがあんなことをしたなどとは、とても信じられない。彼女は静かで、控えめな人です。ちょっとことばは悪いかもしれませんが、ねずみのようにめだたない、おとなしい女性ですよ。あんなふうに面と向かって相手と対決するような行為は、まったくフランシスの性格からは考えられません」
「フランシスと妹のロレッタとは仲がよかったですか?」
「二人は生活ぶりも性格もまったく正反対でした。フランシスは静かな生活を 送っていますが、ロレッタのほうは華やかではでです。フランシスは家にこもりがちですが、ロレッタのほうはパーティーといえばなにがあっても飛んでい くような娘です。二人の性格のちがいは笑い方ひとつをとってもはっきりしています。フランシスの笑い方はどちらかというとおどおどしていて忍び笑いに近いものです。ところがロレッタのほうははでな笑い方で声もよく響き、まったく遠慮がありません」